CGCの改訂で企業経営はよくなるか
2021.06.07 (月) 5:24 PM
・4月にハーミーズ(Federated Hermes)の「投資家との対話」に関するスチュワードシップ活動について話を聴く機会があった。ハーミーズのEOS(Equity Ownership)はスチュワードシップサービスの提供で業界をリードしている。
・EOSは世界15カ国の機関投資家の代理として活動しており、アドバイザリー対象の資産は2020年末で1.3兆ドルにのぼる。ESG信任の改善は、長期的な株主価値の向上につながるとして、社会、環境、ガバナナンス、戦略、リスク、コミュニケーションに関わる12のテーマでエンゲージメントを行っている。
・社会では、①人権、②人財、③倫理・文化、環境では、④公害、⑤天然資源、⑥気候変動、ガバナンスでは、⑦取締役会の実効性、⑧役員報酬、⑨株主権利・保護、戦略・コミュニケーションでは、⑩事業のパーパスと戦略、⑪リスクマネジメント、⑫企業報告をテーマとしている。
・その中で、日本における優先課題として、1)気候変動(2050年までにネットゼロ、TCFDの実行)、2)人財マネジメント(ダイバーシティとインクルージョン)、3)取締役会の実効性(議長とCEOの分離、筆頭独立社外取締役、取締役のスキル、意思決定プロセス、投資家との対話)、4)株主の保護と権利(株主資本の非効率的な使用、株主の不平等な扱い)をあげて、その改善に向けた対話に臨んでいる。
・日本では、3年に1度のコーポレートガバナンスコード(CGC)の改訂が6月に予定されている。その改訂案をみると、フォローアップ会議での議論を踏まえて、新しい内容が盛り込まれる。
・2022年4月に、東証の新市場区分がスタートする予定なので、その内容とも歩調を合わせている。プライム市場とスタンダード市場はCGCの全原則を適用、グロース市場は基本原則を適用する。
・さらに、プライム市場はCGCのより高い水準が要求され、例えば、1)独立社外取締役が3分の1以上(親子上場子会社の場合は過半数以上)2)指名・報酬総会の委員は過半数が社外、3)サステナビリティではTCFDの充実、4)電子議決権行使や英文開示などが求められている。
・CGCの改訂で、日本企業の経営はよくなるのか。実はこの“よくなる”という中身が何であるかが問われよう。①株価が上がる、②財務パフォーマンスが向上する、③会社を構成する仕組みが強化される。④ステークホルダーの会社に対する信頼が増す、など様々な見方がありうる。同じことを言っているようで、掘り下げてみると、異なる側面から企業をみているともいえる。
・経営の執行と監督をもっとはっきり分離して、世界の常識のようにするとすれば、社外取締役を過半数にすればよい。プライム市場の親子上場の時に限って採用するというのは、限定的すぎるようにみえる。
・できもしないことをいっても仕方がないので、現実的でできそうな内容を改善策に盛り込んでいく、という日本的なやり方を踏襲しているともいえる。
・あるべき姿を議論して、もっとラジカルな改革をしてもよいと思うが、すぐに反論にあう。①日本的経営の文化がある、②社外取締役のなり手がそんなにいない、③社内育ちの経営者がそれでは力が発揮できない、などといわれそうである。
・ダイバーシティも遅々としている。女性の取締役、執行役員が少ない。人財を育成しながら登用していくとすると、10年以上はかかるのだろうか。男性か女性かではない。能力が決め手である。
・では、能力が発揮できるように育成と昇進の機会を平等に整えているか。社会や社内の仕組みにハンディがあるとすれば、それを考慮する必要もあるのではないか。それは平等でないかもしれないが、別の視点でみればより公正であろう。
・サステナビリティを支えるESGの仕組みの中で、Sの人権がとりわけ注目されている。国内ではハラスメント、グローバルにはバリューチェーンにおける人権侵害が問われている。中国や途上国において、働く人々の人権が守られていないとすれば、それも公正なビジネスとはいえない。価値創造のよさに問題がある、とステークホルダーから糾弾されかねない。
・気候変動をビジネスチャンスと捉え、イノベーションに挑戦し、投資を実行することは望ましい行動である。しかし、カーボンニュートラルを目指すとして、業種によって、企業によって差が出る。その差を努力不足として過小評価することは必ずしもフェアでない。全体のバランスをいかに図るのか、トランジションプロセス(移行過程)をどのようにサポートしていくのか。ここにもガバナンスのあり方が問われよう。
・親子上場は何が悪いのか。子会社の取引が親会社によって影響され、子会社のステークホルダーが不利益を被ることが懸念される。親子取引が一定以上ある場合、子会社上場は適切とはいえない。
・こうした利益相反を客観的にみていく上で、独立社外取締役が過半数以上必要であるという指針は有効そうだが、本当だろうか。あるいは、それをチェックする特別委員会は機能するだろうか。いかに機能させるか。その実効性を開示してほしい。
・政策保有株はなぜもっと減らないのか。明らかに2つの動機がありそうだ。1つは、議決権を会社側の都合のよいように互いに行使し合う、ということが暗黙に長年なされてきた節がある。これが少数株主の意見と異なる時に、その意見が阻害される可能性が高い。
・もう1つは、資本を一部持ち合うことがビジネスを円滑に進める証となって、少数株主からみても、企業価値向上につながることである。後者は十分ありうるし、そういう事例も多い。一方で、持ち合いにそんなプラス効果はないと明言する企業も多い。
・では、やめたらどうかというと、その手間が大変で、先方との交渉に時間がかかる。特に弊害はないからそのままにしているという意見もよく聞く。この姿勢はすぐにやめてもらいたい。
・事業ポートフォリオの見直しは、まさに企業経営の基本であって、株主に指摘されるようでは困る。むしろ、意見をぶつけ合う中で、中長期の価値向上のありようが明らかになってくるものと期待したい。
・このようにみてくると、今回のCGCの改訂で、マーケット全体の財務パフォーマンスがすぐに上がってくるとは評価できない。しかし、ビジネスモデルを強化するインセンティブは働くので、これまで以上に収益力を高め、浮上してくる企業は増えてこよう。逆に没落する企業も増えてこよう。この格差に注目したい。