金融におけるビジネスモデルの変革
2015.10.12 (月) 4:54 PM
・10月に日経主催のシンポジウムが催された。「金融ニッポン~金融の未来図」というテーマであった。その要旨は日経新聞にも掲載されたが、筆者が金融業界の価値創造という点で興味深く感じた点をいくつか取り上げてみる。
・三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長(三菱東京UFJ銀行頭取も兼務)は経営環境の変化を強調したが、その中では、1)所得・資産の二極化、2)相続での資産移転、3)ICT、FinTech(フィンテック)の革新が注目される。個人の資産形成では、銀行で証券の販売を拡大する。資産運用・管理のグローバル化を図る。米国とタイでは、買収した銀行との一体化の中で、金融業務の基盤を一段と強化する。フィンテックでは、日本にR&D機能を設置すると共に、シリコンバレーにもイノベーションセンターを置き、オープンイノベーションを推進する。店頭における人型ロボット(Nao)の試みも始めた。
・コーポレートガバナンスの強化では、今年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。指名委員会等設置会社は、グローバル企業にとっては本来あるべき姿であるが、これまで日本ではあまり取り入れられてこなかった。従来、何か問題に直面した企業が体制を立て直すために採用したという例が目立ったが、三菱UFJFGの場合はグローバル化の一層の推進に向けて、この体制を整えた。
・低金利が続く中で、国内の銀行業務ではどのような差別化を図るのか。銀行としての利ザヤは金利が上がってこないと、スプレットの改善は難しい。いかに多様なサービスを連携させて、非金利収益を稼ぐかがポイントである。そのためには金融仲介機能以上に、事業仲介機能を高める必要がある、と強調する。中堅企業の有するテクノロジーを大企業に結びつけるなど、ビジネスマッチングのためのイノベーションプラットフォーム作りに力を入れている。
・三井住友銀行(SMBC)は日本の銀行の中ではトップレベルの生産性(一人当たり業務純益)を誇るが、國部毅頭取(三井住友フィナンシャルグループ取締役)はこれを一段と高めていく方針である。SMBC日興証券、11月にシティバンク銀行のリテールバンク事業を統合するSMBC信託銀行と連携して、1) 顧客の運用ニーズと2)資産や事業継承ニーズを取り込んでいく。シティバンクのリテール事業を引き継いで、プレスティア(PRESTIA)という新しいブランドで富裕層向けの展開を強化する。富裕層の外貨ニーズやグローバル金融商品に一層対応していく方針である。
・グローバルには、アジア屈指の銀行(アジア・セントリック)と欧米でのG-CIB(Global-Corporate and Investment Banking)モデルのレベルアップを目指す。インドネシアのBTPN銀行への出資(40%)によるフランチャイズ戦略や、貸し出し(レンディング)だけでなく、欧米グローバル企業の成長をサポートするファイナンスへの拡がり、航空機や車両のリースといったアセットポートフォリオ運営の高度化にも力を入れていく。
・みずほフィナンシャルグループの佐藤博康執行役社長(みずほ銀行取締役)は、新しい金融の時代にあって、ビジネスモデルの見直しを進める方針である。1)銀行業務に対するグローバルな規制強化で、ダウンサイジングや流動性の改善が求められている。同時に、2)顧客の実需に対応してリスクをとる必要がある。この2つのせめぎ合いの中で、新しいビジネスモデルをいかに作るか。欧米では、スーパーリージョナルへの回帰(RBSなど)や、ユニバーサルバンクの絞り込み(シティバンクグループなど)がみられる。
・みずほFGとしては、自己資本を充実しながらROEを上げていく。それにはRORA(リスクアセットに対するリターン)を上げるしかない。そのために、非金利収入をいかに向上させるか。銀行業務だけでは無理があるので、証券と信託も入れて、銀信証のワンみずほを作ることとした。とるべきリスクはとるが、プロダクトアウトでは通用しない。顧客のニーズにマーケットインしていく。それにはコンサルティングが決め手である、と指摘する。
・さらに、アセットマネジメント(AM)を第4の柱にすべく、グループにある4つの運用会社を合併させて、国内トップのAM会社を作ると決断した。新光投信、みずほ信託の資産運用部門、みずほ投信投資顧問、DIAMアセットマネジメントの合併である。さらに、第5の柱として、グループのリサーチとコンサルの会社を一本化させる方向で進める。フィンテックでは、インキュベーションのプロジェクトチームを立ち上げた。次世代のリテールでは非対面サービスが変化する。一方で、対面でのコンサルが一層重要になるとしても、駅前の一等地に店舗を置く必要が本当にあるのかなども再検討すべき、と佐藤社長は強調する。
・大和証券グループ本社の日比野隆司社長(大和証券社長)は、1)貯蓄から投資への加速と、2)資産コンサルティングの進化を強調する。この3年で個人金融資産は200兆円増えて1700兆円となった。そのうち、株式の値上りで100兆円、投信の値上で20兆円が増加した。新規の資金導入では、現預貯金及び保険年金で70兆円増である。株式や投信では、投信で22兆円の資金が入り、株式で18兆円の資金流出となったので、新規の有価証券はまださほど増えていない。
・しかし、もう少し細かくみると、変化は始っている。大和では、新規顧客で50歳未満の層が増えており、NISAによる新しい取引も増えている。ひいては、新しい資金も入っているという。NISAはスタートから1年半で、業界全体で5.2兆円の資金が入り、うち3.5兆円が投信であった。来年からはNISAの枠拡大やジュニアNISAも始まるので、さらなる発展が見込めよう。
・投資への流れを確固たるものにするには、何よりも企業の収益力が向上し、長期的な株式の上昇が見込めることが重要である。日本企業の稼ぐ力の向上に、SSC(スチュワードシップ・コード)やCGC(コーポレートガバナンス・コード)が本当に寄与してくるかどうかがこれから試されよう。
・将来のリテールビジネスの鍵は、1) アセットマネジメント(AM)、2)プライベートバンキング(PB),3)フィンテックにあると、日比野社長は強調する。SMAやラップのように個人の資金を預かって、個々人のニーズに合わせて運用する商品も一段と増えてこよう。富裕層のウェルネスマネジメントは、日本とアジアを一体化したビジネスとして拡がる可能性がある。先端のICT、フィンテックでは、ビックデータ、ロボアドバイザー、声紋認証、音声認識などがどんどん実用化されていく。AM型ビジネスモデルへの転換が大きく進展するとみられる。そのためには、運用能力をいかに向上させるかというイノベーションも問われている。
・野村ホールディングスの永井浩二CEO(野村證券社長)は、歴史を振り返りつつ、金融のイノベーションとヒトの役割について考察した。過去をみると、金融経済における最大のイノベーションは17世紀の東インド会社にあり、一航海ごとの儲けの山分けではなく、継続的な会社としての利益配分の仕組みが、株式会社として作られた。
・一方で産業革命以降の新しい産業の勃興と衰退を見れば、新産業が革新的であればあるほど、それまで盤石であった産業が一気で凋落していく。盤石であるが故に、不都合な真実を直視できないと、永井CEOは警鐘を鳴らす。成功者ほど新しいことに挑戦できない可能性がある。
・今、グーテンベルグの印刷機に匹敵するものが、ビックデータ、IoT、AI、ロボットであり、それがサービスのあり方を一変させるという。フィンテックの進化が既存のビジネスモデルを根底から覆す可能性がある。金融においても、その本質的機能が新しいサービスに代替される可能性がある。それがすでに始まっていると強調する。決済、小口化、リソースの移転、リスク配分、価格情報などに関わるサービスが変化してくる。
・ところが変化しないものがある。顧客にとって、金融ニーズは個別的で漠然としたものであることが多い。ニーズを顕在化させる必要がある。いかにテクノロジーが変化しても、それだけでは解決しえない。そこにヒトのサービスが介在する本質的役割がある、と主張する。テクノロジーを活かし、ヒトにしかできないことを通して価値を生み出す。ここに野村のミッションがあるという。全ては顧客の付加価値向上のために金融サービスを展開する。医療に例えて、検査や治療の技術がいかに進んだとしても、医者がいらないということはないと指摘した。金融にもそういうコンサルティングは必須であるとみている。
・フィンテックは金融のビジネスモデルを明らかに変える。そこから目を背けず、果敢に対応しながら、ヒトが担う本質的な役割を個人の力量及び組織能力として磨いていく。同時に、フィンテック分野で新しい企業がどんどん出てくる。新しいセクターを形成していくことになろう。これはIPOなど、ビジネスチャンスでもある。ヒトとフィンテックの新しい共生、そのための革新的な仕組み作りとグローバルな企業間競争に注目したい。