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見えない資産をいかに見抜くか~「価値協創ガイダンス」の活用」

   2017.06.13 (火) 12:35 PM

・伊藤レポートの第2弾ともいうべき「価値協創ガイダンス」が、5月末にMETIより公表された。この「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス~ESG・非財務情報開示と無形資産投資」をどのように活用するか。

・企業にとっては、中長期的な企業価値を高めるための戦略的投資のあり方の参考にしてほしいという。投資家にとっては、長期的な視野から企業を評価する方法の参考になるとみている。そして、両者にとって、企業の情報開示と投資家との対話のあり方という観点で、そのガイダンス(指針)になることを意図している。

・無形資産への投資やESGへの取り組みは、企業にとって単なる費用なのか。本来的に投資ではないのか。こうした点を含めて、無形資産に対する対話が不足しているのではないか。建設的対話が十分できていないのではないか、という問題意識から出発している。

・ガイダンスの基本的な枠組みは6項目からなる。①価値観、②ビジネスモデル、③持続可能性・成長性、④戦略、⑤成果・重要な成果指標、⑥ガバナンスである。これだけみると、ピンとこないかもしれない。つまり、中身とつながりをよく知る必要がある。

・価値観とは、企業理念やビジョンのことで、これらが自社の進むべき方向やそのための戦略を決める時の判断軸になるという。確かにこの軸が定まっていないと、いきなり時価総額1兆円の会社になりたい、といわれても投資家は困惑するだけである。

・ビジネスモデル(BM)は企業価値創造の仕組みである。故に、ここを最もよく知りたい。企業は頑健なBMを創り上げるべく努力し、投資家に分かってもらう必要がある。ところが、これができていないことが多い。投資家はBMについて自分では分かったつもりでも、その理解が投資家によってかなり違ったりする。BMに共通の理解を持たないと、将来の目指すべき方向について十分な議論ができない。

・BMの持続可能性をESGでとらえ、成長性のリスクについても十分検討していく必要がある。それを踏まえて、目指すべきBMを創り上げるために、どのような戦略をとるのか。そこでは競争優位を作り出す経営資源や無形資産の強化策について立案実行する。同時に、事業ポートフォリオを最適化する方策についても決めていく。

・企業を支える6つの資本として、1)金融資本(ファイナンス)、2)知的資本(R&D)、3)人的資本(人材)、4)製造資本(設備)、5)自然資本(環境)、6)社会資本(ステークホルダー)をあげ、とりわけ無形資本に対する投資に注目している。単なる費用としてのコストではなく、投資であると位置付けている。投資こそが新たなる価値を生み出すという考え方である。

・これら6項目はバリューチェーンのつながりの中で認識されるべきだが、よく吟味しないと、各項目がバラバラになってしまい、全体のつながりが腹に入ってこない。それでは上手くまとまらない。もしこのレポートを読んで、言っていることは分かるけど、抽象論の建前ではないかと感じたら、全体のつながりについてもう一度考える必要があろう。ここでの枠組みにとらわれずに、自分なりの整理で再考してもよい。

・では、本レポートで、1)何が新しいのか、2)どう活かすのか、3)ハードルは何か、について、いくつか取り上げてみる。レポートを読んだだけなので、理解不十分なところがあるかもしれない、という前提付である。

・何が新しいかという観点では、BMの設計図にフォーカスした点に注目したい。現状のBM1に対して、将来の求めるBM2やあるべきBM2を明確に描けという。このBM2が十分描けていない企業が多い。BMにおける価値創造のドライバー(成長、供給、マージン、内部・外部)をはっきりさせよと強調する。

・また、それを実現するための戦略について、無形資産への投資を明示し、そこに重要な成果指標を入れることを求めている。無形資産では、人的、知的(R&D、IT、ブランド、組織作り)、ESG(SDGsへの取り組み)を具体的に検討すべきであると提言する。

・では、どう活かすか。コアはBM作りにあるので、全体のフレームワークを統合的に伝え、投資家と議論することであろう。無形資産にフォーカスした戦略遂行について、ぜひ独自のKPIを示してほしい。それを軸に対話が弾むことになろう。

・ハードルは何か。BM1をBM2へ持っていこうとする戦略は、ともすると上手くいかない。上手くいかないことが普通かもしれない。ここをどう乗り越えるか。できそうもないことをやりきるには、トップマネジメントの力量はもちろん、現場の社員、ステークホルダーに至るまで、BMの革新に対して自律的活動がビルトインされていることである。これが組織能力となっている企業は強い。米国の3Mが1つの事例であるが、日本企業の多くはまだそこまで至っていない。

・ESGに取り組む戦略をどう評価するのか。ESGは、1)超過収益の源泉か、2)中長期的なリスクマネジメントか、という論点にどう応えるか。ここは立場によって意見が分かれようが、過去にも似たような議論はあった。

・かつて公害問題が騒がれた時、公害対策はコストか、リスクマネジメントか、会社の価値そのものを高めるものか、という議論があった。今日の価値基準でいえば、環境対応にしっかり取り組み、そこで先進的であることは企業価値にとって明らかにプラスであろう。

・CSRの初期にも同じような議論があった。CSRはコストか、リスクマネジメントか、企業の本業そのものか、という議論である。今までも、リスクマネジメントであるという見方は強いが、CSRを本業と位置付けた会社はあったし、あるべき方向であった。

・ESGはどうであろうか。時間軸が長くなるほど、価値創造におけるESGの重みは増す。やはり、資本コストを下げるリスクマネジメントというよりは、企業価値の向上を通して超過収益の源泉にもなりうるという見方を取りたい。

・投資家はどうか。企業評価にあたって、筆者は価値創造のBMを最も重視し、それをESGインテグレーションの観点から評価するレーティング方式(ベルレーティング法)をとっている。

・最近、三井住友信託銀行や日本生命といった機関投資家からESGを含めた企業評価方法について話をきいた。いずれもDCFによるバリュエーションとは別に、企業価値創造の仕組みをいくつかの軸にそって定性的に評価し、それを3段階や5段階でレーティングして定量化する方法を実行している。

・それを企業のバリュエーションに上手く結びつけようとしている。しっかり実行できれば、運用パフォーマンスは上がってくるはずなので、大いに注目される。今回の「価値協創ガイダンス」を実践的に使いこなし、対話のレベルアップを通して、企業と投資家の双方が互いにパフォーマンスの向上に成功することを期待したい。

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