比較可能性の向上~質的な企業の見抜き方
2014.12.14 (日) 4:36 PM
・モノサシが同じであれば、量的な比較をするのはさほど難しくない。企業の株価が何%上がったか、ポートフォリオのパフォーマンスがどのくらいの数値になったかを計ることはできるし、それを比較することも容易である。
・企業の業績はどうか。これは少し難しくなる。日本の場合、企業会計の基準がいくつかあるので、モノサシが違うと測った結果にも違いが生じる。上場会社においては、大半が日本基準であるが、一部の大手企業は米国基準を用いている。そして、最近はIFRS(国際会計基準)を使う会社も増え始めた。さらにJMIS(修正国際基準)というのも、日本の意見発信するモノサシとして導入されようとしている。
・2014年11月時点で、東証1部上場企業のうち、日本基準が1754社、米国基準が25社、IFRSが47社(採用予定も含む)である。IFRSはいずれ100社を超えてこようが、300社までいくかどうかが注目されている。
・ROEを測るには、税引き利益と自己資本が必要である。M&Aをした時ののれんの償却を日本基準は行うが、IFRS基準は行わない。とするとIFRSの方が、税引き利益が増える。時価評価次第で自己資本も変わってくる。ROEが高く出る可能性があるし、低くなる場合もあるので、比較する時は注意が必要である。IFRSの採用で、国際的には比較可能性が高まるが、国内的には違いが大きくなる。
・どちらが良いか悪いかという話ではない。数量的な比較する時には、基準を明確にして、その違いについても知っておく必要がある。のれんを始めとする基準の違いが数値として公表されていれば、それを修正することも可能であるが、そうでない場合は厳密な比較が難しくなってくる。
・さらに注目すべき点がある。三井物産の岡田譲治副社長(CFO)は、12月の講演で、モノサシを替えることによって経営が変化してくることを、「連結経営の進化」と強調した。三井物産は2014年3月期より米国基準からIFRSへ変更した。400社を超えるグループ企業の経営の目線をIFRSに合わせていく。リサイクリングがなくなるので、保有する有価証券の含み益を使って、P/Lの利益を調整することができなくなる。投資先の時価評価を行ってフェアバリューを算出して、それをB/Sに反映する。資産の評価を的確に行う必要があり、減損が発生する可能性も早まる。
・つまり、IFRSを適用するということは、従来よりも厳しい経営が求められる。それによってキャッシュ・フロー経営への意識改革が進むことになると指摘する。つまり、IFRSの採用によって、経営スタイルが変わるので、それを自覚し納得して利用すべしと強調する。
・ここまでは、定量的な比較であるが、定性的な比較においては、どのように比較可能性を高めることができるのか。その時に、総合報告が大いに役立とう。財務報告と非財務報告を統合して、企業の価値創造のプロセスを、投資家を始めとするステークホルダーによりよく理解してもらおうというのが、統合報告の最大の目的である。
・統合報告は財務報告と、CSRや環境報告などの非財務報告を単純に合体すればよいというものではない。財務、非財務という区分けを一旦捨てて、企業の価値創造について、一から書き下ろすのである。そのフレームワークは、IIRC(国際統合報告評議会)から提案されている。これにすべて従う必要はないが、十分に咀嚼した上で、自社の価値創造のプロセスとストーリーを語ってほしい。
・この統合報告の内容について、質的にどう評価するのか。その時の比較可能性はどのように担保するのか。まず作り手の企業には、強みを思い切り語ってほしい。想定されるリスクや対応すべき課題についても、十分検討して開示してほしい。本気で考えて、手を打っていることであれば、強みとして記載されるはずである。そうでないものは、通り一遍の表現にとどまり、横並び的なものになってしまうであろう。投資家は、企業が自らの強みと、こうありたいという思い、そのための具体的な戦略について、独自の言葉で語っていれば、それを咀嚼して比較する。
・アナリシス(分析)の基本は比較と予測である、というのが持論である。比較は定量的に行うと同時に、定性的にも行う。できるだけ、定量化してほしい。その意味において、重要経営指標(KPI)について知りたい。しかし、定量的に捉えられない内容も多い。そこを定性的に判断することになるが、その判断に当たっては、いくつかの評価軸を定める必要がある。その上で、会社が語っている価値創造のプロセスと強みについてレーティングしていく。
・このように見てくると、比較可能性を高めるには、①定量的に測るモノサシの統一を図ること、②その定量データの意味を十分理解すること、③定性的な評価に当たっては、評価軸を明確に定めること、④その上で、自らレーティングしてみることである。誰かが評価したものを参考にするのはよいが、それをそのまま信じるのではなく、必ず自分として納得できる作業が必要であろう。
・企業サイドとしては、1)会計基準については、自らの考え方を固めて対応してほしい、2)決められたら従うという姿勢ではなく、長期的な企業経営にとってのモノサシを選択すると考えてほしい、3)その上で、統合報告に挑戦してほしい、4)今あるものを統合的に表現するだけでなく、新しい価値を創り出す経営革新に結び付けてほしい、5)そして、そのプロセスを強みとして個性的に開示してほしい。そのことによって、比較可能性は高まり、ステークホルダーからの評価もより適切なものとなってこよう。
・2014年11月に公表されたWICIジャパン統合報告優秀企業賞では、伊藤忠、オムロン、日本郵船、堀場製作所、ローソンの5社が選定された。それぞれに優れた個性を発揮している。一方で、まだ改善すべき課題も抱えている。統合報告書を比較してみると、企業のスタンスが良く分かる。投資家として、企業を見抜く目を養うには、このレポートの比較を行ってみることが大いに役立とう。