株式の持ち合いはなぜなくならないか
2020.07.25 (土) 3:47 PM
・企業が互いに株式を持ち合うことが、一概に悪いとはいえない。しかし、やるべき経営に邁進せず、経営者が自らとその仲間の位置を守るために、外部の投資家・事業家の介入を許さないというのであれば話が違ってくる。
・歴史的には、財閥解体、資本自由化から身を守るための妥当な策としてとられた政策保有(持ち合い)も、その役割はとっくに終わっている。今どき持ち合いの意味はあるのか。もはや幻想ではないかとさえ思える。
・昔から互いに保有している株には含み益がある。業績が赤字になった時に、それを売って補填に使いたいというが、本当だろうか。わが社が赤字になった時に、相手の株を売るのでは、持ち合いの信義に反する。いざとなったら背に腹はかえられない、というのでは、持ち合いの意味はない。
・業績がよければ、それが株価に反映されるはずである。業績が悪化したとすれば、どう立て直すのか。その策が納得できるものであれば、株価はそれを一定程度反映するはずである。
・経営者が投資家や株式市場にしっかり向き合って、エンゲージメント(対話)していけばよい。それが嫌いで、面倒で、できないという経営者は、マネジメント失格であり、退場を余儀なくされよう。それを持ち合いで防ぎたいと考える経営陣はさすがにいないと思う。
・株式を保有して事業を進めることは、重要な戦略である。M&A、資本業務提携、資金運用、ベンチャー支援など、さまざまな形態がある。その中にあって、株を互いに数%ずつ持ち合って、それを相互信頼の証として、事業を進めようという形があってもよいと考えるが、私の経験では最近あまり見聞したことがない。
・出資する場合は一定の影響力を保ちたいと考える。相互に持つというよりも 一方的な出資となる。その場合、片側数%の出資で関係に意味を持たせるということはありうる。今どき、それを持ち合いとはいわない。
・社歴の長い企業に日本特有の持ち合いが残っているとみてよい。なぜ解消できないのか。事業会社が金融機関との関係で持ち合いがある時、どちらかの業績悪化など特別な理由がない限り、あえて保有を減らす必要を感じないかもしれない。特に不都合がないので、波風をたてたくないと考えてしまう。
・生損保では、今でも株式の保有を通して、自社の金融商品の販売を有利に展開しようという動きがあるのだろうか。どのビジネスにおいても、コネクションとパワーバランスはものをいう。しかし、ステークホルダーへのフィデュシャリー・デユーティ(忠実義務)を基本とするならば、持ち合いでビジネスを有利にする方策は、通常合理性が乏しい。
・投資家に対しては、持ち合いがビジネスとして企業価値向上に寄与するのであれば、それをきちんと説明してほしい。そうなれば、投資家として適否を判断しやすい。
・しかし、多くの企業は持ち合いをきちんと説明しない。開示の義務付けは強化されているが、より積極的に開示して、しっかり説明してほしい。それができないとすれば、意味のない内容であり、資本の無駄使いをしていると判断せざるをえない。
・ある歴史ある中堅企業は、新社長のもとでROIC経営を10年がかりでスタートさせた。まずは、投下資本の整理である。遊休資産(土地、株式)の整理を進めた。次にリターンを求めて、ポートフォリオの組み替えに入った。本業としていらない事業を売却し、新しい事業をM&Aしている。会社全体に活気が戻ってきた。
・持ち合い株も整理しているが、ここでやはり課題がある。多くの場合、相手企業と何らかの取引関係がある。では、その取引と株を持っていることに意味があるのかというと、今はほとんどない。しかし、歴史がある。
・どちらが言い出すのか。社長がいきなり先方の社長に切り出すのも唐突である。こちらの担当者を誰にするのか。先方の誰に打診すればよいのか。これは結構手間である。互いに含み益はある。事業は続いている。とすれば、しばらく様子をみようとなりがちである。
・投下資本の構成からみても、さほど問題にならない。先方から持ち合いの解消を言って来たら、すぐに応じたいともいう。売られたからといって、株価が下がることは気にしていない。株価は一時的な需給よりも、業績を反映するからである。次の手を打っているので、業績は伸ばすことができるとみている。
・コーポレートガバナンス(企業統治)では、議決権行使がますます重要になっている。政策保有の安定株主に頼って、今の経営陣の再任を速やかに進めたいという気持ちがあるのかもしれない。
・しかし、持ち合いをしている企業はどんな実態なのか。「政策保有株式の実証分析~失われる持合いの経済的効果」(円谷昭一、一橋大学準教授)という素晴らしい実証分析の書籍が6月に出版された。
・その分析によると、1)持ち合いをしている企業ほど利益率が低い、2)利益率の安定性や売上高・総資産の成長性に優位性がみられない、3)保有株式を売却してもその前後で会計数値の傾向は大きく変化していない、という結果が出ている。
・解釈すれば、持ち合いをしている企業は、相対的に事業環境が厳しい中で甘い経営をしており、さほど意味のない持ち合いに頼っている、という形が目立つともいえる。
・円谷先生は、「一連の検証に結果、株式の持合いは今の日本企業にはもはや不要である」、「買占めの脅威が去った今では、自らの手足を縛る重し、経営改善の足枷となっていないだろうか」、と結論付けている。
・企業を見るとき、1)持ち合いがある企業かどうか、2)持ち合いに何らかの意味があるのか単なるレガシーか、3)事業の展開力と業績は持ち合いを許容するマネジメントを反映していないか、という点に十分着目して投資判断を行いたい。