既存産業と新産業~どちらにもチャンスあり
2015.01.26 (月) 1:54 PM
・この1月に経団連は、『「豊かで活力ある日本」の再生』という新たな将来ビジョンを公表した。昨年就任した榊原会長のビジョンといってよい。この内容をみて感じたことをいくつか述べてみたい。
・1つは、今から15年後の2030年を展望していることである。日本の将来を考えるには長期的な視点が大事である。しかし、通常はなかなか長期的な展望を持ちにくい。多くの企業にとって、短期は1年、中期が2~3年、長期が5年というのが現実的なところであろう。それより先になると現在の経営陣が交代してしまうことも多いので、具体的な計画として盛り込むことが難しくなる。
・実際、2020年に向けた長期ビジョンを掲げながら、ここ2~3年の中期経営計画を立てている企業が多い。しかし、国の将来を最もはっきりしている人口推計からみると、50年から100年の計画が必要になっている。日本の人口は既に減り始めている。生まれる子供と亡くなる大人の数はすでに逆転しており、その差はどんどん開いていく。現状を延長すると、日本の人口は2013年の127百万人が、2030年には117百万人、2060年には87百万人、2110年に43百万人となってしまう。それに対して、1億人の人口をキープするには、いろいろ手を打っていく必要がある。今回のビジョンでは2060年に105百万人、2110年に97百万人を維持すべく方向性を示している。
・GDPが経済指標として望ましいか、幸福を計る指標は別にあるのではないかという、心に関わる議論もあるが、経済的価値をきちんと押さえておく必要はある。GDP=人口(就業者数)×1人当たりGDPであるから、人口すなわち働き手が減っては苦しくなる。また、1人当たりGDPは生産性を示すので、これが上がらないと一人ひとりの所得も増えにくい。一部の人の所得だけが増えて、多くの人が減るのでは、今話題になっている格差拡大にだけ目がいってしまう。
・働き手を増やすには、①若者を増やす、②女性に働きに出てもらう、③高齢者でも働ける人にはどしどし働いてもらう、④外国人にも日本で働いてもらう、ということが必要である。そのための壁をどう取り払うかが政策として問われている。若者に対する教育のあり方、女性が働き易くなる社会環境の整備、高齢者の活用のあり方と社会保障の見直し、外国人の日本への導入の仕方など、人手不足と所得不足にはみんなで働いてもらうしかない。
・1人当たりGDP(正確にはGNI)の向上では、2つのことを考える必要がある。1つは、市場を海外に拡げることである。途上国では資本不足、技術不足、人材不足が至る所にあるので、その国の社会システムの基盤作りに貢献しながらビジネスを拡大する余地はこれからも大きい。もう1つは、国内で生産性を上げることである。これには、既存産業の仕組み革新と新産業の開発発展の双方が必要である。いずれも鍵はイノベーションである。経団連のビジョンでは、この2つのことをイメージして、サブタイトルに「~Innovation & Globalization~」と付けているようにみえる。
・イノベーションとは仕組み革新である。既存産業においては、今までと同じやり方ではなく、新しい仕組みを導入して競争優位を築き、市場を拡大することである。同じやり方のままで今のパイを取り合うだけでは、消耗戦になって共倒れするだけである。新産業の育成においては、まさに新しいイノベーションが求められ、それを起こすだけのR&Dや起業家精神が求められる。自前主義に拘らないオープンイノベーションが推進されることにもなろう。
・今回のビジョンでは、オリンピック・パラリンピック後に注目している。過去の例にみるように、オリンピック開催に向けてさまざまな開発が進む。そのための投資が経済を活性化させるが、そのイベントが終わって投資が一巡すると経済が落ち込んでしまう。この2021年問題をどう乗り切るかにもフォーカスしている。
・さらに2030年に向けて、1つのシミュレーションを行っている。経済の仕組みが現状のままとすると、2015年から2030年までの名目GDPの伸びが年率1.3%成長(実質も1.3%)となる。これに対して、ビジョンにとり上げられている政策や戦略を実行していくならば、成長率は名目で3.2%(実質で2.0%)に上昇するという。2013年度の名目GDPは483兆円であるが、2030年に現状シナリオで615兆円、改革シナリオでは833兆円が見込めると試算している。200兆円余りの差が出てくる。
・改革のための政策や戦略は特に目新しいものではなく、これまでさんざん議論されてきた内容である。問題は痛みを伴い、利害が対立し、既得権を有する人々が不利になりかねない政策を、どこまで実行するかに懸かっている。民主主義の中で民意の共感を得ていくには、それぞれの分野のリーダーに相当の人望と信頼が求められる。
・これに対して、体験上2つの考え方がある。筆者はどちらかといえば楽観論者なので、日本人は事態を理解する力は十分有するので、為政者の実行策の意義を分かってくれるはずであると信じたい。その一方で、悲観論者は過去の歴史を見よという。あるべき方向が分かっていても、事態は意に反して悪しき方向にいってしまうのが常であると強調する。そうなると、日本は長期衰退から逃れられない。我々の覚悟が問われよう。
・経団連のビジョンにおいて、1)既存産業では、医療・健康、エネルギー、観光、農業・食料、ジャパンブランド、インフラ、グローバル化の分野でイノベーションを進めることによって、110兆円の付加価値を生み出すことができるとする。また、2)新産業では、①IoT(モノのインターネット)とビッグデータの活用、②AI(人口知能)とロボットによる生産性の向上、③スマートシティ作りに向けた社会インフラへのICTの活用、④バイオテクノロジーの健康・医療、環境・エネルギー、食料・農業への応用、⑤海洋資源開発(メタンハイドレート、レアアースなど)、⑥航空宇宙分野における素材部品産業の拡大、によって100兆円の付加価値を創出するとしている。
・いずれにしても企業は国境を越えていく。日本に留まる必要はない。しかし、自国のアイデンティティを確立してグローバル化を目指すことが成功の条件であろう。今や国内型サービス企業も、アジアにどんどん進出していく。その働き手、担い手が日本人である必要はない。企業の新たな価値創造の能力に対して自らも投資をして、一緒に成果を分かち合いたいものである。