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建設的対話の促進~いかに食い込むか

   2020.10.26 (月) 8:31 AM

・9月に経団連から「企業と投資家による建設的対話の促進に向けて」というレポートが出された。金融資本市場ではショートターミズム(短期主義)への反省・批判から中長期的な価値向上を重視したESG投資等が急拡大している。

・しかし、中長期目線での建設的対話(エンゲージメント)には多岐の課題が存在すると指摘する。その課題は何か、求められる取り組みは何か、について提言している。

・企業と投資家による対話は進展しているが、まだ中長期の将来像を評価するための情報が不足している。対話が形式的なものにとどまって、企業と投資家の双方において具体的な行動に結びついていない。

・中長期の視点に立つ対話において、さまざまなギャップが存在し、ガイドラインの混在などもあって、説明の難しさが際立つ。企業・投資家両サイドの努力が一層求められるという内容である。その中から、いくつかの論点を取り上げてみたい。

・“Society 5.0 for SDGs”がわが国の目標であるが、新型コロナウイルス感染症によって、デジタル革新(DX)を目指しながらも、社会の脆弱性がむしろ顕在化してしまった。金融資本市場も、投資による資金供給を通して、これを推進していく使命を担っている。

・コロナショックを踏まえて、世界の投資家の多くは、目先の利益ではなく、雇用の維持を求める動きや、議決権行使においてROEの低下や減配に対して柔軟な対応を示している。米国の経営者団体Business Roundtable は、多様なステークホルダーを尊重するマネジメントを志向すると宣言し、世界経済フォーラムでは「ステークホルダーキャピタリズム」が掲げられた。

・より長期的な目線で対話を行うには、従来型のデータ提供による情報開示(ディスクロージャー)だけでは限界がある。対話を通して、1)企業サイドは自らの課題の克服や中長期的な価値向上のための気づきを得る、2)投資家は企業の成長による果実を得る、と述べている。その通りであろう。

・GPIF(年金積立運用機関)の今年のアンケート調査によると、①東証1部上場企業の7割強がESGを含む非財務情報の任意開示を行い。②同じく7割強が企業の長期的ビジョンを示している。また、③機関投資家においては、約6割がESG投資の推進担当組織を設置している。

・有報(有価証券報告書)において、経営戦略やリスク情報などの記述情報の充実も、法定開示として改正された。アニュアルレポート、統合報告書などの任意開示を含めて、1)開示すべき情報の一貫性のなさ、2)重複開示の要請、3)それに伴う業務負担の拡大なども指摘されている。

・課題は、開示すべき情報の内容、範囲、質について、日本の企業が悩んでいることにある。これについて、2019年に実施した経団連米国ミッションの調査を通して、①ESGやTCFDについては一定の進展がみられる、②指名・報酬委員会の委員やその役割に関して、基本的情報の開示が乏しい、③情報開示は、重要度(マテリアリティ)と優先度(プライオリティ)を意識して実施すべきである、という示唆を受けた。

・「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方も、コーポレートガバナンスコードの形だけ受け入れて(コンプライして)も何も生まれない。また、必要ないという説明(エクスプレイン)と共に、なぜ受け入れたのか、それをどう実行しているのかの説明や対話がより重要であると指摘する。

・2019年の日本投資顧問業協会の調査アンケートによると、機関投資家の4割強が、対話を行った内容に関して、企業サイドからフィードバックを受けていない、と答えた。対話の中でいろいろ提案した内容について、すぐに答えられなかったことも多かったとみられる。

・その場合、トップマネジメントが経営を動かして、提案について意思を示す必要がある。対話とはQ&Aではない。将来の企業価値創造について、戦略を語り、実行し、投資家からの提案についてもより深く議論していく場である。

・提案については、土俵に乗せて、今後の方向について方針を出していく必要がある。当然、受け入れられないこともあろう。意見相違の理由を説明し、納得(同感)が得られなくても、理解(共感)を得ておくことが大事である。

・共感とは同意することではない。違いを認めつつ、理解を持って受け入れていくことである。投資家は、方針に反対なら、反対の議決権を行使すればよい。

・上場会社にとって、株主総会における議案について、投資家がどのような議決行動をとるかは最大の関心事である。投票であるから、しっかり判断して投票してほしい。個人投資家が多いと投票率は低下する。機関投資家は投票してくれるとしても、本当に分かってくれているのか。

・パッシブ運用が増えている。TOPIXと同じようにポートフォリオを作ると、多くの銘柄に投資することになる。1社1社の議案を調べて判断する余裕はない。そこで、議決権行使の助言会社を使って議決権行使を行うことになる。

・一定のガイドラインに合意しているとしても、個社の事情を本当に理解してくれているとはいえない。そこで、対話が必要になるが、これについても社数に限界がある。企業としては、助言会社及びそれを使う運用機関に、本当に分かってくれているのかと疑念をもつこともある。

・運用サイドにすれば、もっとしっかり経営していればそんな心配はいらないと考えるかもしれない。仕組みとしての改善はさらに図られようが、開示を通して一層対話していく必要があろう。

・議決権行使プラットフォームの活用も課題である。改正会社法では、株主総会資料を3週間前までに電子提供することを上場会社に義務付けた。これによって、投資家は議案の検討期間をこれまでより長く確保することができる。

・実際の議決権行使はどうか。機関投資家も個人投資家もまだ郵送が多い。米英では9割以上の機関投資家が議決権電子プラットフォームを使っているが、日本では13%(2019年10月時点)にとどまっている。このデジタル技術の活用も対話の実効を上げるには必須である。すべてを電子化したらコストは大幅に削減できる。

・機関投資家との対話において、7割を超す上場企業が長期ビジョンを示しているといっても、その中身は3~5年の中期計画を指すことが多い。本レポートでは、10年単位を見据えた企業像を提示することが望ましいと提言している。10年ビジョンを掲げた上で、3~5年の中期計画を立てて推進していくというやり方である。

・ここにも課題がある。ビジョンは思いである。思いは何よりも大事であるが、それだけでは投資判断に至らない。中期計画も参考になるが、経営環境が刻一刻と変化する中で、ほとんどの中期計画は実現しないことが多い。ここをいかにうまくつなぐか。

・価値創造の仕組みであるビジネスモデルに、長期ビジョンを結び付けることである。そうすると、次のビジネスモデルを構築する上で、足らない資産(アセット)が明らかになってくる。それをどう創り込んでいくか。ここまでしっかり示してほしい。

・経団連と東大・GPIFの共同研究(2020年3月)では、長期ビジョンを、投資家が成長性を想起させる要素に分解してみた。そうすると、3つの要素が重要であると分かった。①人を起点とする事業展開、②グローバル課題の解決、③新たなる市場の創出、である。

・レポートでは、これらの3つの要素に着目して長期ビジョンを策定すべしと提言する。より重要なことは、それらをビジネスモデルに結び付けて提示することであろう。

・ESGをテーマにした対話についても、機関投資家はそれをネガティブクリーニングに使うだけでなく、もっとサステナブルな成長に結びつくようなポジティブスクリーニングにもっていくことを求めている。まさに正論である。

・今回の経団連の提言は、バランスがとれており納得できるものである。どう実践するかは、各企業に任せるという姿勢であるが、企業においてはさらなる食い込みがほしい。投資家は企業サイドの独自の食い込みを求めており、それを投資判断に活かしたいのである。

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