個人投資家説明会で何を訴えるか~富士フイルム、神戸製鋼、リクシル、JT
2016.01.09 (土) 4:51 PM
・個人投資家向け会社説明会で何を訴えるか。これはやさしいようでなかなか難しい。個人投資家といっても多様であり、話の焦点を絞りにくいかもしれない。会社側でも、誰が登壇して話すのか。CEOかCFOか、IR担当役員かIR担当の部室長か。40~50分の限られた時間で是非知ってほしいことをプレゼンする。会社側が伝えたいことと、投資家が知りたいことには絶えずギャップが生じるので、みんなに納得してもらうことは至難の業である。
・12月に富士フイルムホールディングス(吉澤コーポレートコミュニケーション室長)、神戸製鋼所(川崎社長)、LixiLグループ(筒井副社長)、JT(日本たばこ産業、宮崎副社長)の個人投資家向け会社説明会に参加してみた。大手証券会社主催なので、集まった投資家は株式投資に慣れた耳の肥えた人々と思われる。
・富士フイルムは、グループの成長戦略にフォーカスした。2014年度の売上高2.4兆円のうち、イメージングソリューション15%(営業利益207億円、利益率5.7%)、インフォメーションソリューション38%(同812億円、同8.5%)、ドキュメントソリューション47%(同1013億円、同8.6%)というセグメント内訳である。
・2000年から2010年までの10年間で、かつての主力であったカラーフィルム市場が消失し、その売上高は10分1に激減した。厳しい局面にあって、現在の古森会長がリーダーシップを発揮し、会社の事業構造を抜本的に変革した。
・苦難の時期を乗り切った後、2017年3月期までの3カ年計画(VISION2016)では、中長期的に安定成長できるビジネスポートフォーリオの充実を目指す。とりわけ、M&Aを活用したコア事業の成長加速に向けて、①ヘルスケア、②高機能材料、③ドキュメントに力を入れている。
・ヘルスケアでは、1)ライフサイエンス事業で機能性化粧品、サプリメント、2)メディカルシステム事業で内視鏡、超音波診断装置や医療IT、3)医薬品事業で抗がん剤などの新薬開発、4)再生医療事業でiPS細胞の開発製造から周辺産業まで、多面的に展開する。
・今回の3カ年計画では、2016年度に売上高営業利益率8.4%、ROE 7.0%を目指す。その先については2018年度に同10%、同8%を目標とする。ヘルスケアビジネスの中のiPS細胞やアルツハイマー向け新薬開発は、2020年~2030 年にかけた長期的な戦略が必要であり、そのための布石も着々と打たれている。
・神戸製鋼は、KOBELCOの複合経営について語った。これまでは素材(6割)と機械(4割)の2つの事業領域であったが、これからは電力が加わって、収益構造が3つの複合経営に広がって行く。第3の柱となる電力の卸売については、その利益貢献が確実に見込めそうである、と川崎社長は強調した。
・素材では、自動車の弁バネ用線材やサスペンション用アルミ鋳造部品、またアルミボトル缶材、アルミディスク材、溶接材で圧倒的な強みを有する。機械では、大型プラント向け圧縮機、国内向け小型圧縮機、ゴム混練機、直接還元鉄プラントなどで世界トップクラスを走る。
・一方で構造改革が必要な事業もあり、神戸製鉄所の高炉は2017年度に廃止して、加古川製鉄所に集約する。攻めの事業としては、自動車の軽量化、航空機素材の拡大、圧縮機や建設機械(油圧ショベル)のグローバル展開、高圧水素圧縮機をベースにした水素ステーションユニットの開発などに力を入れている。
・電力事業では、1995年の電気事業法の改正で電力卸売事業(IPP)に参入した。製鉄所の自家発電で培った技術を活かして石炭火力に参入し、現在は140万kw(2機)の電力を関西電力に売電している。これに加えて2019~2022年度に4機新設し、供給能力を395万kwに上げる。火力発電だけ(原発を除く)でみると、四国電力に匹敵する規模となる。利益率の高い安定収益源になると見込んでおり、第3の柱に育とう。
・リクシルは、2011年から潮田取締役議長のもと、GEから藤森氏を社長に招いて、グローバル企業への変身を進めてきた。M&Aでグローバル化を一気に進めてきたため、企業経営における価値観を共有することが必須であった。
・そこで共通の価値をリクシルバリューとして再定義した。同時に、2015年4月にLixiLグループの行動指針を策定し、全世界共通のものとして13言語に翻訳している。また、情報システムのグローバル基盤構築にも取り組んでおり、300億円を投じて2017年4月の完成を目指している。
・M&Aによって、かつては数%にすぎなかった海外売上比率が30%に高まってくる。米国のアメリカン スタンダード(トイレで北米№1)、ドイツのグローエ(水栓金具で世界№1)、イタリアのペルマスティリーザ(カーテンウォールで世界№1)などの買収で、グローバルなブランドを手に入れた。
・売上規模ではYKK、TOTOを抜き、住生活企業としては世界トップクラスになってきた。それを担う5つのテクノロジーカンパニー(ウォーター、ハウジング、ビルディング、キッチン、ジャパン)のトップマネジメントは、日本人2名、英国人、イタリア人、フランス人と多様である。
・2025年に向けたイノベーションでは、IoTハウス、スマートハウスを追求する。エネルギー環境、ライフスタイル、ロボット技術、材料科学などにフォーカスしてR&Dを進めていく。
・圧倒的なスピードで企業革新を進めてきたが、グローエの買収では、その中国子会社であったジョウユウにおける中国人経営者の不正会計で、多額の損失を計上することになった。また、藤森CEOも5年を経て、次のマネジメントにバトンタッチすることになった。会社の変革は目覚ましいものであったが、その成果という点ではまだ道半ばである。
・JTは、現在、たばこ事業を世界120カ国で展開し、世界第3位の地位に伸し上がった。まさに大型M&Aの成功企業として注目される。買収した企業のブランドをさらに育てているところが、他のトップたばこ企業と違うところである、と宮崎副社長は強調する。
・利益の5割は海外から稼いでいる。過去14年の利益成長率は年率11.7%であったが、そのうちの3分の2は海外からの貢献であった。
・また、飲料事業はサントリーに売却したが、加工食品と医薬品事業には、事業の多角化を目指して力を入れている。医薬品では年間300億円のR&D費を投入してきたが、新薬を海外へ導出して、ロイヤリティを得るというビジネスを志向している。このロイヤリティ収入が来年度にはR&D費をカバーするところまでこようとしている。
・加工食品では、テーブルマーク(旧加ト吉)、サンジェルマン(ベーカリー)、富士食品工業(天然素材調味料)などを抱えて伸長を図っている。
・主力のたばこ事業は、グローバルにまだまだ成長できるとみている。M&Aは究極の人材獲得戦略であると位置付けて、引き続き大型から小型までさまざまなM&Aに力を入れていく。1999年のRJRインターナショナル(投資額0.9兆円)、2007年の英国ガラハ(同2.3兆円)始め、2015年米国のロジック(電子たばこ)、2016年ナチュラル・アメリカン・スピリッツの米国外事業と、11件のM&Aを手掛けている。
・海外での国別ポジションをみると、ロシアで1位、英国でほぼ1位、フランス、トルコ、スペインで3位となっている。まだシェアが5%以下の国が数多くあるので、そこに集中投資して、逐次シェアを高めていく方針である。この戦略はかなり有効であろう。
・これらの4社(富士フイルム、神戸製鋼、リクシル、JT)のプレゼンを、①マネジメント力、②イノベーション力、③ESG(環境・社会・ガバナンス)、④パフォーマンスのリスクマネジメントという4つの軸で評価すると、今回のプレゼンに対する筆者の個人的見解は、12点満点(1軸3点)として、富士フイルム8点、神戸製鋼6点、リクシル7点、JT 7点であった。それぞれ光る所がある反面、4つの軸について企業価値創造のストーリーを的確に語っているかという点では、まだ物足らない。
・限られた時間の中で、強調したいところにフォーカスしたものと理解しているが、もっとマテリアリティ(重要性)とコネクティビティ(つながり)に配慮して、企業価値創造のプロセスを表現してくれるならば、より説得的なものとなろう。IRとしての会社説明会はこれからも続くので、これらの企業の事業展開に今後とも大いに注目したい。