企業情報の開示が充実へ~効き目はいかに
2019.05.27 (月) 8:32 AM
・4月に金融庁の井上企業開示課長の話を聴いた。企業に関する情報開示はさらに進もうとしている。①最近の論点はどこにあるのか、②投資家、アナリストからみた時、どこが大事なのか、③企業の社外取締役や社外監査役にとっては何を重視すべきなのか、という観点でいくつか取り上げてみたい。
・共通していることは、何らかのアクションをとった場合に、どうしてそのような結論や判断に至ったのかについて、理由やプロセスをもっと開示してほしいというものである。
・SSC(スチュワードシップ・コード)の実行において、1)運用機関は、議決権行使の理由の説明など対話の中身について、開示が不十分である、2)議決権行使助言会社も、企業との対話が不十分である、との意見がフォローアップ会議で出されている。
・対話というのは手間がかかる。課題について個別に議論をするには時間がかかる。時間をかけても十分な意思疎通ができるとは限らない。実際、時間をかけるだけの組織体制ができていないことも多い。杓子定規な要求や対応では、そもそも企業価値向上に結びつかない対話になってしまう。
・開示をするには覚悟がいる。よりよい方向に改善するために、賛否の理由を語るのである。企業にとって不愉快に感じるかもしれないが、次の改革に活かしていく前向きな姿勢が求められる。
・議決権行使助言会社は、一律のルールを決めて効率よくさばこうとすると、杓子定規のルールを厳しめに設定することになり、それを利用する運用機関も丸呑みするだけでは実態から離れてしまう。個別の対話を重視しようとすれば、それだけの体制をつくる必要がある。一方で、助言もビジネスであるから限度があるかもしれない。
・CGC(コーポレートガバナンス・コード)では、1)内部監査部門が独立社外役員(取締役や監査役)と連携を深めること、2)上場子会社のガバナンスは、一般株主保護の立場からどう考えるのか、という意見が出ている。
・内部監査(IA)がそもそも充実しているか、社長直結といっても形だけの組織になっていないか、という懸念がある。社外役員からみると、IAがしっかりしている会社は安心できる。
・IAが不十分な場合には、まずミッションの実効性について報告を求め、連携が強められるように運営の仕方を変えていく。人員が少ない場合も多いので、経営トップに人材の強化を訴えて実現するということも必要である。
・監査報告書におけるKAM(Key Audit Matters : 監査上の主要な検討事項)の導入が、2021年3月期から全面的に始まる。財務諸表が適正と認められるか否かに関連して、もっと中身の議論を示すことが望まれている。
・どのように進めるか。1)監査の過程で監査役等と協議した事項、2)その中で特に注意を払った事項、3)さらに特に重要であると判断した事項、について特定する。この3)のところがKAMに当たる。
・特別のリスク、虚偽表示のリスク、不確実な見積もり、経営者の重要な判断などについて、プロの会計士としての絞り込みを行い、KAMを決定する。
・KAMは問題点の指摘ではない。どういうところを重要と認識したか。その理由と議論について明記してくれれば、監査報告書の透明化に役立ち、投資家は必ず読みたくなる。つまり、投資判断に役立つ情報と捉えるので、会社との対話に活かすことができる。
・では、公認会計士はどこまで書くか。監査人が株主に対して必要な情報提供を行う事は守秘義務違反とはならない。一方で、会社サイドは余計なことは書かないでほしいと考えるかもしれない。
・しかし、通り一遍の当たり障りないことで済まそうとすれば、それはすぐにわかってしまう。見識のある投資家やアナリストは、このあたりを見抜くことができる。公認会計士も、実態分析の腕と表現力が問われよう。
・企業の会計監査人が交替するケースがある。その理由は、多くの場合、任期満了と書かれる。確かに任期満了であっても、もう一歩踏み込んで、その理由を知りたいと投資家は考える。また、異動の理由として最も多いのは、監査報酬の多寡である。
・筆者の実感としては、会社サイドには、監査報酬を安くしたいという以上に、監査に対する不満がある。経営方針に合わない会計の厳格さを要求される場合、これまで良しとされたことが修正となる場合、担当が変わって相性を通してクオリティに満足できない場合などがあろう。
・監査法人からみると、限られた人材の中で、十分な協力が得られない会社とは継続したくないと考える。人材の交替は避けられない。確かに相性もある。しかし、組織として信頼が得られないならば、手を引きたいという欲求も強まってこよう。
・ここで重要なことがある。同じ監査人が長く担当すると、何らかの弊害が起こりうるので、一定の期間で担当や法人そのものを変えるという議論である。変えることで、マンネリを防ぎ、新しい目で監査を行うということは重要である。
・監査報酬に関しては、筆者の持論がある。とかく企業は監査報酬をコストと考える。コストは安い方がよいので、ひたすら値切ろうとする。監査法人は人手の商売なので、時間を多めにかけて売上を増やそうとしていると考えがちである。
・監査報酬は確かに費用ではあるが、それは監査価値に対する対価である。的確な監査を通して、企業価値に対する信頼が高まるのであれば、それはコストではなく、価値創造のための投資である。監査報酬をケチるような風潮は何としても改めていく必要があろう。
・有価証券報告書のおける記述情報の充実も図られようとしている。財務情報および財務情報を適切に理解するための記述情報(経営戦略、経営成績の分析、リスク情報など)の充実では、1)ガイダンスの設定、2)ベストプラクティスの公表、3)開示ルールの策定(内閣府令の改正)などが進められる。
・開示ルールの策定では、役員報酬のプログラムや実績、政策保有株式、監査人の継続監査期間などについて、これまでよりも詳細に記載するようになる。
・記述情報の開示に関する原則では、1)取締役会や経営会議での議論を踏まえた経営目線での議論の開示、2)情報のマテリアリティ(重要性)、つまり業績に与える影響や発生の蓋然性を考慮した議論、3)資本コストを踏まえた成長投資、手持資金、株主還元の議論などがあげられている。また、決算説明会、年次報告書で使っている図表、写真等は有報でも使ってよいことになる。
・企業情報の開示は、年々充実する方向にある。これを改善ととるか、手間のかかる作業の要求ととるか。政策として充実を求めても1)投資家に役立たなければ使われない、2)企業価値向上に役立たなければ形式にとどまる。
・本来、これらの施策は大いに貢献するはずである。その意味において、一連の開示情報の充実が企業価値向上にとって、効き目があるかどうかをじっくり見ていきたい。