事業ポートフォリオの進化~旭化成と富士フイルムホールディングス
2014.12.28 (日) 1:22 PM
・“昨日まで世界になかったもの”の旭化成と“化学の芸術品”の富士フイルムホールディングスはどちらがよい会社か。この比較は難しい。それぞれに良さもあれば、課題もあるというのが普通の答えであろう。ただ、こういう問いを設定してみると、両社の個性がよくみえてくる。12月に両社が実施した個人投資家説明会で話を聴いてみた。多岐に亘る事業内容をもう一歩踏み込んで、今後どうしたいかを語っていた。
・旭化成は、①ケミカル・繊維、②住宅・建材、③エレクトロニクス、④ヘルスケアの4つの事業ポートフォリオ(セグメント)を有する。旭化成といえば誰でもサランラップとへーベルハウスをイメージするが、紙おむつ用の不織布、電子材料としてのフィルムや、医療用の人口透析器、骨折抑制効果を有する骨粗鬆症薬などが伸び盛りである。
・旭化成の事業ポートフォリオは、常に時代の要請に応えて変化を遂げてきた。延岡の水力発電をもとにアンモニアを作り、そこから化学肥料、合繊、建材、エレクトロニクス、医薬品へと多角化を進めてきた。“昨日まで世界になかったものを”提供することを、グループのスローガンとしている。
・2016年3月期までの5カ年中期計画(For Tomorrow 2015)では、売上高2兆円、営業利益2000億円(途中で1600億円へ修正)、ROE10%以上を目指している。2015年3月期の会社計画が売上高2兆円、営業利益1540億円、ROE 10%強であるから、いいところまできている。
・事業戦略の柱は、1)グローバルリーディング事業の積極展開と、2)新しい社会価値の創出である。グローバルリーディング事業では、①省燃費タイヤ用合成ゴムで、シンガポール工場の能力増強のほか、次の海外拠点作りも検討している。需要が拡大するアジアで、№1のシェアを獲って行く。また、②紙おむつ素材の(スパンボンド不織布)で、タイ工場の生産能力を上げていく。アジアの紙おむつ市場は、2012年の300億枚が2015年に600億枚、2020年に900億枚へと伸びると会社側では予想している。
・新しい社会価値の創出では、製品別の事業推進ではなく、①環境・エネルギー、②住・暮らし、③ヘルスケアといった横断的なカテゴリーの中で、水処理膜、リチウムイオン二次電池用セパレータ、高機能断熱材、医薬品、医療機器などに取り組んでいる。
・リチウムイオンのセパレータ(ハイボア)ではすでに世界シェア№1であるが、その用途はPC、スマホから車へと、さらに広がっていく。大量水処理用ろ過膜(マイクローザ)は、このプラスチックの筒を通すことによって、汚染水がきれいな水になる。米国の浄水用ろ過膜でシェア№1、中国での生産体制も強化している。
・ヘルスケアでは、骨粗鬆症薬が好調、国内シェア40%の中空系型透析器(ダイアライザー)で海外展開を加速させていく。また、2012年に買収した米国ゾール・メディカル社が手掛ける着用型自動除細動器(ライフベスト)の国内サービスにも力を入れている。これは心臓疾患があり、心停止のリスクのある人に用いられ、米国でのシェア№1、世界で10万人以上が使用している。さらに、水銀ランプに替わる水を殺菌する深紫外発光ダイオードのサンプル出荷も始めている。
・このように事業ポートフォリオの中身を着実に入れ替えながら収益性の向上を図っており、今後も安定した利益成長が見込めよう、イノベーションの連鎖が効いている点が評価できよう。配当性向30%を目途に、継続的な増配を目指している。
・富士フイルムHD(ホールディングス)は、もはや写真用フィルムの会社ではない。では、何の会社に変貌しているのか。これがなかなか分かりにくい。売上高の47%がドキュメントソリューション(富士ゼロックスを中心とした複合印刷システム)、38%がインフォメーション(化粧品、医薬品、医療機器、高機能電子材料)、15%がイメージングソリューション(デジカメ、インスタントカメラ、カラーフィルム)である。営業利益の構成でみれば、2015年3月期の上期でドキュメント57%、インフォメーション37%、イメーシング5%という内容である。
・富士フイルムは、2000年から2010年にかけて、構造的危機に直面した。カラーフィルムの市場が、デジカメの普及で2000年をピークに、10年で10分の1以下に減少した。自社の主力製品の市場が世界的に消えてしまい、世界のトップであったイーストマンコダックは2012年に破綻した。
・ところが、当社は事業ポートフォリオを組み換えつつ、見事にサバイブし、ここにきて収益力を再び高めつつある。写真フィルムは“化学の芸術品”ともいえるほどの高度な技術を要し、世界でも4社しか競争の土俵に乗れなかった。その要素技術(有機合成、薄膜形成、光学、解析、画像・ソフト、メカ・エレキ)を新規事業に展開した。
・化粧品には2006年に参入した。フィルムの主原料はコラーゲン(ゼラチン)なので、これをもとに、フィルムの抗酸化技術を応用し、写真用粒子の微細安定性を高めるナノテクノロジーで、成分の浸透力を高めた。これをもって、エイジングケアシリーズ(アスタリフト)を発売した。
・中期計画(VISION2016)では、2016年度に売上高2.63兆円(2013年度2.44兆円)、営業利益2200億円(同1408億円)、売上高営業利益率8.4%(同5.8%)、ROE 7.0%(同4.2%)を目指す。さらに、その先の2018年度には、営業利益率10%、ROE 8%をターゲットにする。
・ヘルスケアの領域では、①ライフサイエンス(予防)で、機能性化粧品、サプリメントを伸ばす、②メディカルシステム(診断)では、医療IT、内視鏡、超音波診断装置で、2桁成長を目指す。③医薬品(治療)では、富山化学工業、J-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)、Diosynth(ダイオシンス)、Kalon(ケイロン)など、内外の買収した子会社を活かして、抗がん剤、アルツハイマー型認知症薬、アビガン錠(抗インフルエンザ)、再生医療の分野へと展開している。
・高機能材料では、FPD(フラットパネルディスプレイ)材料など、圧倒的シェアを有する分野で新製品を投入していく。ドキュメントでは、富士ゼロックスを軸にプロダクションサービスやグローバルサービスを強化していくと同時に、新興国へのリソースシフトにも注力する。
・株主還元では、まずROEを7%に上げる。その上で、配当性向25%を目途にし、増配及び自社株買を考えていく。
・富山化学工業のアビガンは、インフルエンザの薬であるが、エボラ出血熱にも効果があるのではないかということで、12月よりギニアにおいて、仏の協力のもとで臨床試験が始まった。これが効くということであれば、その供給力を高めていく。
・富士フイルムHDは、2018年度あたりから医薬品の利益貢献度が高まってくるので、そうなればROE 10%もみえてこよう。アビガンで注目度が高まったが、事業ポートフォリオの組み換えという点で、もう一段加速しようとしている。順調にいけば、収益力向上の変化率が高いので、大いに期待できよう。
・旭化成、富士フイルムHDとも、自社の事業ポートフォリオを、イノベーションを通して転換、進化させている。企業の長期的なサステナビリティには不可欠のサイクルである。このビジネスモデル(企業創造の仕組み)を、目指すべき方向に変えていく経営力と組織能力が問われる。今回の投資家説明会でのプレゼンに対して、ベルレーティング法(12点満点)による筆者の評価は、旭化成10点、富士フイルムHD 9点であった。事業ポートフォリオと企業価値創造のコネクティビティ(つながり)について、今後とも大いに注目したい。