事業ポートフォリオの変革に向けて~イワキのケース
2020.09.14 (月) 9:39 AM
・7月に経済産業省から「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」というレポートが出された。日本の企業は1社でいろいろな事業を行っている。その事業全体を1つのポートフォリオと見た時に事業の入れ替えのスピードが遅い。
・事業再編の遅れは収益性の低下を招き、国際競争力の地盤沈下に結びつく。なぜ遅いのか、スピードを上げるにはどうしたらよいのか、についてその方策をまとめている。このガイドラインの骨子をみながら、歴史の長い中小型企業の事例を取り上げたい。
・まず、事業再編にはさまざまなスキーム(手法)があるが、事業の「切り出し」という観点から、その方策をみてみよう。①事業譲渡、②会社分割、③子会社株式譲渡、④スピンオフ(現物配当)、⑤エクイティ・カーブアウトなどがある。
・事業譲渡、会社分割、子会社株式譲渡は、その事業は今のわが社にとって、コアとなる主力の事業ではないと位置づけて、新しいベストのオーナーに委ねる手法である。スピンオフとエクイティ・カーブアウトは、その事業を資本関係も含めて独立させる手法である。
・事業を切り出す手法を選ぶに当たっては、1)目的、2)資金確保、3)取引の時間軸、4)切り出す事業の成長戦略、5)市場や相手の状況を含めた実現可能性が重要となる。
・ファイナンスの観点でみれば、事業を分割・譲渡する時は、新しいオーナーが事業を直接買うことになる。子会社株式譲渡の時は株式を買うことになる。スピンオフは、もとの会社の株主が子会社株式の現物配当(株をもらうこと)になる。エクイティ・カーブアウトは子会社の株式を市場で売却して新しい一般株主を募り、もとの会社は売却資金を手にする。
・会社が会社を買うM&Aと比べると、スピンオフやカーブアウトは性格が異なり、株主や投資家に直接働きかけることになる。
・切り出される事業で働く社員にとっては、1)新しいオーナーである別の会社の1つの事業部門や子会社になる、2)独立して新しい株主の会社となり自立する、という2つのパターンがありうる。
・その時、社員はどう思うか。①現在の会社に愛着を持っていたのに、たまたま働いていた事業が外に出されて、会社が変わってしまった。②現在の事業で一定の役割を果たして働いているのだから、事業が存続し、収益性も改善されるのであれば、今までよりもよい。
・③新しいオーナーのもとではすぐにリストラが始まるので、自分の処遇は悪化、存在が危なくなるかもしれない。④独立して自立できる会社になれば、成長性を高めることができるので、ますますやる気が出る、などさまざまなパターンがあろう。
・外部環境の変化で、企業経営は否応なく対応を求められる。過去にもオイルショック、円高ショック、不動産バルブ崩壊、東日本大震災ショック、リーマン金融ショックなどがあったが、今回の新型コロナ感染症ショックは新たなる屈折点をもたらそうとしている。
・コロナショックで、1)もともと準備していたら強みがより発揮される企業、2)強みが弱みになってしまう企業、3)弱みが一気に顕在化してしまう企業、4)今をやり過ごせばと踏ん張っている企業などに色分けされつつある。
・テレワーク、オンラインサービス、リモートライフが進展している。リアルとバーチャルをいかに組み合わせて、新しい価値をどう作っていくかが問われている。
・リスク分散のための多角化は、本当に今日的意味を持っているのか、シナジーを求めながら、実は成長戦略を描けない多角化になっていないか。事業の探索と深化といいながら、中途半端になっていないか。
・事業ポートフォリオの見直しが必要と分かっていても、痛みを伴う過激なことには手をつけたくない。よって、今まで通りで何とかしのぎたいということになっていないか。投資家は常にここを問う。
・この1年をみると、事業の買収は大幅に増えているが、事業・子会社の売却は件数でみて、横這いにとどまっている。M&Aは経営戦略として定着してきたが、事業の切り出しには、未だ消極的であると本レポートは指摘する。
・買い手がいれば、必ず売り手もいる。事業の切り出しがあれば、買い手もついてくるはずである。その時、自社の企業価値がいくらか分かっているのか。各事業の価値をきちんと見積もっているのか。
・これはポートフォリオ理論の基本である。しかし、伝統的企業からは、事業はポートフォリオではない、金融理論で目先の価値を計算されたのではたまらない、と言われそうである。筆者も目先の計算だけで価値を測ることに異論がある。本当の価値はそう簡単には計算できない。
・それでも、まずは土俵に乗ってマネジメント力を磨いていかないと事態は改善しない。新しいオーナーのもと、企業価値向上が図れるなら、そこで働く社員にとっては、今のままよりはるかによい展望が開ける。
・経営者のマインドセットを変え、取締役会で社外取締役を入れて事業ポートフォリオを戦略的に議論し、それを投資家にみせてほしい。投資家は多様で、各々勝手なことを言うかもしれないが、その対話こそが大事なのである。
・今回のガイドラインは、当たり前のことをまとめたようにみえるかもしれない。ならば、日本の上場企業は実践しているかと問われて、成果を示せるだろうか。まだ過渡期にあるともいえるが、もっとクリアにリードしてほしい。
・中小型企業でも同じような取り組みが求められる。100年続く医薬品原料のイワキは4代目の社長が10カ年計画で一気に事業再編を進めている。
・化学品では日立化成の一部の事業譲渡を受け、ファインケミカルではスペラファーマの買収、医薬では鳥居薬品の佐倉工場における事業の買収、外皮用剤の前田薬品工業との資本業務提携が実現した。投資額は全体で84億円、のれんの償却を入れても営業利益の拡大余地は大きい。
・今年3月に医薬品のCMC研究開発に特化したスペラファーマを武州製薬から買収した。スペラファーマは、2017年7月に武田薬品工業のCMC研究部門がスピンアウトした医薬品CMC受託会社である。
・製薬メーカーが新薬を開発した後、新薬の原料・原薬をどのように作るか。その製造方法の開発や品質管理を担う機能がCMC(Chemistry Manufacturing and Control)である。日本で唯一の統合型CMC研究受託企業である。
・また、日本たばこの子会社である鳥居薬品は佐倉工場を会社分割、これを今年7月に株式譲渡で取得した。自社の外皮用剤とのシナジーはすぐに見込め、注射剤の基盤も確保した。 工場の買収も生産能力の拡張に貢献しよう。医薬品原料の開発・製造(CDMO)では、塗り薬に加えて、注射剤分野へ展開できる。
・今回の4件のM&Aおよび資本出資によって、岩城社長は、4つの戦略的ビジネスモデルを構築した。① 調達プラットフォーム事業は、スペラファーマを軸として、医薬品の原料調達の新しいビジネスモデルを形成する。② インキュベーション事業は、創薬ベンチャーや中堅製薬企業に一部出資しなから原料事業の拡大を目指す。
・③ 注射剤CDMO事業は、スペラファーマと佐倉工場が組むことによって、注射剤の原料開発製造を拡大する。新しい抗がん剤などで領域が広げられる可能性が高い。④ 塗り薬CDMO事業は、自社工場、佐倉工場、前田薬品工業を連携させて、この分野での供給力の拡大、シェアアップを図っていく。
・1)調達プラットフォーム、2)塗り薬CDMO、3)注射剤のCDMO、4)インキュベーションの4つの戦略的ビジネスモデルの遂行に向け、来年6月を目途に持株会社化を進める。商社から研究開発型製造企業へのシフトを進めており、製造比率は40%以上に上昇しよう。
・10年の中長期ビジョンのもと、その第2フェーズを走っており、弾みがつきつつある。収益源としては、医薬品原料、医薬品、HBC・食品の新製品、化学品の成長が期待できる。その実行戦略が具体化しており、成果を出しつつある。 ROIC経営を軸に、事業ポートフォリオの革新が進展している点を高く評価したい。