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日本企業はなぜ現金を多く持つのか

   2018.08.03 (金) 5:56 PM

・6月に財務総合政策研究所のワークショップに参加し話を聴いた。テーマは「日本企業の現金保有は果たして合理的か」という内容であった。

・現金が多いのは事実である。それがどうして貯まったのか。現状何が課題なのか。投資家はどうしてほしいのか。今後、経営者はどう対応するのが望ましいのか。こうした点について、セミナーでの議論を踏まえて考えてみたい。

・法人企業統計でみると、企業の経常利益は、リーマンショックの時に大幅に落ち込んだ後、順調な回復をみせ、2016年度には2006年度のかつてのピークを大きく上回っている。

・2016年度のデータを見ると、2009年度に比べて、従業員の給与賞与は+6兆円、設備投資は+10兆円であったのに対して、経常利益は+43兆円であった。労働分配率は直近(2017年1~3月)で66.0%と、長期間に亘ってじりじりと下がっている。設備投資は営業キャッシュフロー内に十分収まっており、キャッシュが貯まる傾向を顕著に示している。

・バランスシートにある2016年度の現預金は211兆円であった。2007年度は140兆円を下回っていたので、大きく増えている。因みに2000年度でも140兆円であったから、リーマンショック後の業績拡大と共にキャッシュが積み上がってきたとみてよい。

・リーマンショックの時、企業経営者は資金調達の面で痛い目にあってきた。また、創業社長は会社の立ち上げ期にお金で相当苦労してきた経験を持つ。銀行は大事にするが、銀行に頭を下げることはできる限りしたくない、という経営者の声はよく聞く。実質無借金を誇る経営者も多い。

・一方で、日本はデフレ局面が長く続き、金融緩和もゼロ金利まで進んだ。世界的に見ても、超金融緩和がこれまで続いた。しかし、米国やEUでは流れに変化が出ており、海外でビジネスを展開している企業はマイルドなインフレの中にいる。

・日本でも今まで通りの金融政策が続くとは思えない、と考える経営者は増えている。実際、長期金利が低い今のうちに、短期から長期に借入金をシフトしておこうというファイナンスが一般的になっている。

・通常、経営者は現預金が積み上がっても特に問題とは考えない。この10年間業績がよくなって、その結果としてキャッシュが貯まっている。いつ何時、どんなことが起こるか分からない。現金を持っていれば安心なので、多いに越したことはない、と普通に考えてしまう。

・経営者と話してみると、2つのことが共通する。1つは、いずれまたリーマンショックのような経済金融危機が必ずくる。その時でも社員をリストラしなくても済むように、会社が赤字になっても耐えながら社員に給料が払えるように、半年から1年分くらいの資金的余裕はもっていたいという。

・実際、2016年度の給与賞与の総額は153兆円であった。一方、この10年で増えた現預金は約60兆円、残高の総額は210兆円であるから、このくらいは必要であるという理屈が成り立つかもしれない。

・2つ目は、設備投資だけでなく、M&Aも重要な経営戦略と位置付けている。特に具体化はしていないが、大型のM&Aもありうるので、いつでも対応できるようにキャッシュポジションは厚めに持っておきたいという。

・昨今の設備投資は営業キャッシュフローの6割水準であるが、2000年以降の海外M&Aは累計110兆円、この間の上場企業の純利益は累計300兆円であったので、3分の1がM&Aに使われたというデータもある。設備投資+M&Aに備えたいという気持ちも分かる。

・では、投資家はどう考えるのか。1)会社は将来の財務戦略をしっかり立ててほしい。2)中長期的な事業計画をきちんと作って、積極的に投資してほしい、3)しかし、しっかり稼ぐことが前提なので、事業ポートフォリオの戦略的見直しも強化してほしい。4)ROICを定めて挑戦してほしいのであって、安易な投資計画では困る。

・5)一定の余裕が欲しいならば、その水準を説明してほしい。6)それでも余ったものは株主に返してほしいので、還元方式を明確にしてほしい。7)もし経営者の経営判断の言い訳にキャッシュを温存したいというならば、それは許さないという考えである。

・日本企業の株式市場における平均的な評価は、PBR=ROE×PERという関係式に当てはめると、PBR 1.5倍=ROE 10% ×PER 15倍というところであろう。

・しかし、PBRが1.5倍を下回る企業が5割あり、1.0倍を下回る企業が2割もある。平均よりいい会社もあり、悪い会社もあるというのは当然であり、分布はばらつくものである。それにしても、PBRが低い。

・2017年度のROEは、日本が10.5%(TOPIX500 除く金融・欠損企業416社)、米国は16.1%(S&P500除く金融欠損企業425社)であった。どの企業にも、ROEは8%以上を達成してほしい。8%を超えている企業は欧州アジア並みの12%を、そして、最終的には米国並みの15%を目指してほしい。

・欧州アジア並みならば ROE 12%×PER 17倍=PBR 2.0倍、米国並みならば ROE 15 %×PER 20倍=PBR 3.0 倍となろう。これらは1つの目途である。

・ここで大事なことは、ROEの前にROICを企業のマネジメントに定着させることである。ROICを徹底すると、無駄な資産は持たないようになる。

・経営者には、プロの経営を実行してほしい。将来ビジョンを明確にし、ビジネスモデルに革新を起こす経営戦略を立て、その実行を支える財務戦略も明確にする。そうすれば妥当なキャッシュ水準がどこにあるのかという点は、論理的に導き出せるはずである。当然、資本政策も固めておく必要がある。

・ここがはっきりしないから、経営者は何となく余裕を持っておきたいという気持ちになり、投資家は全く納得できないという対立を生む。どちらのサイドにおいても、短期指向では何も解決しない。あくまでも中長期の戦略に基づくべきである。

・先行きは分からないと言うのではなく、分かるべく予測し、シミュレーションをしてほしい。その上で、絶えず見直していけばよい。これらの内容について対話ができれば、余っている現金をどうするのか、という狭い意味での押し問答にならないであろう。キャッシュが貯まっているのはいいことである。さあ、どう使うかを大いに議論してほしい。

 

 

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