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資産運用ビジネスの見直し~森金融庁長官の苦言

   2017.05.01 (月) 9:23 AM

・森金融庁長官の金融業界に対する憤りは一段と激しさを増しているように感じた。日本証券アナリスト協会主催の国際セミナーにおいて、森長官は基調講演を行った。テーマは「日本の資産運用業界への期待」、その論旨は正論であり、あるべき姿を求めている。いくつかの論点を取り上げてみたい。

・森長官の主張は、“金融機関よ、顧客本位の業務をやるべし”という一点にある。そして、顧客には“成功体験を”とも強調する。現状については、資産運用(アセットマネジメント、AM)業界は生産者の論理で商品やサービスを提供しており、そこから脱却できていないとみている。

・積立NISAが来年から始まる予定であり、長期積立ての税制メリットは大きい。金融庁では、それに値する商品を選定する方向であるが、その状況が興味深い。

・日本で販売されている公募株式投信は5406本もあるが、そのうちインデックス型株式投信は381本、ここから長期投資に合ったものを一定の基準で選ぶと、残ったものは50本であった。全体の13%である。

・長期投資に合致するという観点で、1)複利が重要なので毎月分配型は除き、2)レバレッジのかかった投信を除き、3)信託期間が短いものも除いて、4)ノーロードで信託報酬が一定率以下のものに限る、という条件でスクリーニングした。

・では、アクティブ投信はどうか。日本で10年以上存続している日本株アクティブ投信は281本。過去10年の平均リターンは、信託報酬控除後で年率+1.4%であった。同じ期間の日経平均が年率+3%であったから、インデックスに負けている。

・しかも、全体の3分の1は、リターンがマイナスであった。悲しいことに、チャ―ルズ・エリスのいう“敗者のゲーム”を体現している。

・2707本あるアクティブ型投信のうち、1)設定以来、3分の2以上の期間において資金流入となっており、2)ノーロードで信託報酬が一定率以下という条件を満たすものは、何と5本のみであった。全体の0.2%である。資金流入があるというのは一定の評価を受けているということであり、資金の流出が続くようなファンドは長期積立てに向かない。

・米国はどうか。同じ基準で比較すると、積立NISAの基準を満たしているものが、1)米国では残高トップ10の株式投信のうち8本もあった。これに対して、2)日本では1本もなく、上位30までみた時、29位に1本あるだけであった。

・マーケット環境の違いや投資家の成熟度といった違いもあろうが、森長官は何よりも投信の販売姿勢を問題にしている。つまり、“顧客本位”でない商品が作られ、売られてきたからではないか、と主張する。

・なぜか。日本の運用会社は販売会社(証券会社や銀行)の系列になっている。投信運用額の82%がそうした系列の運用会社によって占められている。系列の運用会社は販売会社が売り易く、手数料を稼ぎやすい商品を作っているのではないか、という疑念にある。

・つまり、AM会社の独立性に問題があり、フィデューシャリー・デューティ(顧客への忠実義務=顧客本位の受託者責任)が果たされていないと指摘する。実際、2月末の運用資産上位10本の投信をみると、販売手数料は平均3.1%、信託報酬は1.5%である。このコストは高いとみている。

・金融庁は、すでに「顧客本位の業務運営に関する原則」を公表している。7つの原則から成るが、1)利益相反の適切な管理、2)手数料等の明確化、3)重要な情報の分かりやすい提供など、理屈をいうのではなく、徹底すべしと檄を飛ばす。

・森長官は、例えば1)パッケージ型商品は、債券、投信、保険に分解して別々に購入した時との比較を示せ、2)毎月分配は、複利で運用した時とどのくらい違うかを示せ、3)人気投信が高値掴みにならないように、そのリスクをわかるように示せ、4)コストについては%だけでなく金額でも示せ、という。

・販売会社が売りにくくなるから、やりたくないと思われることを明示して、分かってもらえるのか、と強調する。つまり、建前ではなく、本当に顧客の立場に立って、商品サービスを作り上げないと、業としての存在意義はなく、国際競争力をつけることはできない。何よりも国民の資産形成に役立たない。

・金融庁としては、見せかけの高くて不味いレストランではなく、安くて美味しいレストランが賑わうように、有名レストランガイドのようなプラットフォームを作り、資産形成を支援していく方針である。

・日本のAM業界は、まだ世界のプロスポーツのような実力本位になっていない。1)運用経験のない人が親会社からAMの社長になったり、2)プロのポートフォリオマネジャー、ファンドマネジャーである前に、サラリーパーソン的なマインドで業務を行ったりすることは許されないとみている。

・顧客本位の業務運営は、インベストメントチェーン全体に革新を起こす。小手先の対応は許さず、二流は淘汰されてしかるべき、という強固な姿勢で政策運営に当たっていく。単に形だけなのか、本物を求めて魂を入れていくのか、AM会社の力量が問われている。

・新しい組織を作るのには、数年を要しよう。それが組織能力として実力を発揮するには10年がかりとなる。日本のAM業界のトラックレコードが問われている。経験豊富なベテラン長期投資家であるなら、まずは積立NISAのスタートに当たって、若者に声をかけ、支援をしてほしい。

 

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