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営業から価値生産へ~オーナー買いから社員への株式贈与

・PCデポ(コード7618)の野島社長は「ステークホルダーの皆様」へという自らの考え方をまとめた4ページの書簡を、2018年5月に公表した。その骨子は、第1に、事業が長期的価値創造に対して、生産的であることと位置付けた。AI・ロボットが注目される中で、「人間としての生産領域の拡大」を掲げた。

・第2に、会社としての価値観として、①Social(社会性、社会貢献)、②Environment(環境)、③Education(働き方、学び方)、④Entertainment(楽しさなど人間発信の新たなる価値創造)、⑤Governance(企業統制、運営統制)の5つを挙げた。ESGに2つのEを加えて、EEESG(トリプルESG)という。

・第3に、Educationでは、生活の安定×生産性、人間性の向上×生産性を考慮して、新しい働き方へのシフトを提案した。大事なことは未来デザインと位置づけている。第4は、Entertainmentの重視である。顧客が店に来て楽しい、自社のスタッフも楽しさや未来創造に共感し、提供できるようにする。

・ゲームをして楽しい。新しい使い方を学んで楽しい。自分のIT機器が点検されているのを見て楽しい。家族と来て、将来のデジタルプランを一緒に作っていくのが楽しい。そういう楽しさを提供する場にしたいと考えた。

・ビジネスモデルの進化では、従来の困った時の解決サポートから、未来のデジタルライフに必要な商品・サービスを計画的に織り込んでいく。これから先、どんなものを、いつ、どこで揃えていくか。これを本人及び家族を入れて練っていく。

PCデポは、「デジタルライフプランナー」の商標登録を取得した。この名称は当社しか使えない。1人の顧客会員(プレミアムメンバー)に、デジタルライフプランナーの専任担当が、3~5名のチームで編成される。

・これから先のデジタルライフをプレミアムメンバーと一緒に考えていく。どんなデバイスについても、ファミリー中心に、計画的に生活のデジタル価値を創っていく。それを友人や隣人などの紹介に広げていく。

・この計画を「デザインシート」にまとめていく。3~4年先までの計画を具体的に図式化したもので、チームで共有していく。プレミアムメンバーのファミリーにチームで対応していくので、コンサルは丁寧できめ細かくなっていく。リレーションが密になるほど、本当に必要なもの、価値あるものが提案できるようになり、それが計画需要として顕在化してくる。

・まず、ユーザーのベネフィットを優先する。それが需要創造を通して、当社のプロフィットに結びついてくるというフローである。ここ10年培ってきたメンバーシップ制(会員制)に、デジタルライフプランナーとしてのチームが計画的にコンサルを行う。これをビルトインして、サブスクリプション型ビジネスのサイクルをより強固なものにしていく。

このトランスフォーメーションの推進で、業績が一時的に伸びなくなる要因が2つある。1つは新しいビジネススタイルに変えていくので、顧客に的確なソリューションが提供できるようになるには少し時間がかかる。もう1つは、メンバーシップの構造を3年から4年へ長期化していくので、初年度の売上、利益の貢献が鈍ってくることである。

従来のビジネスモデルは10年かけて定着してきたが、2016年に一部の顧客から会員の仕組みにクレームがついた。違法ではなかったが、顧客に合ったメンバーシップの運営を図っていく必要があると判断し、1年かけて新しい体制を作ってきた。内部の品質管理体制はでき上がったが、野島社長はすぐに次の改革をスタートさせた。

・店舗を、商品やサービスを提供する営業の場ではなく、顧客にとっての長い目でみたIT活用の価値を生産する場であると再定義した。その活動を実践に移した。困った人を笑顔にするだけでなく、顧客の将来価値にも関わっていく。

・社員はプレミアムサービスを提供するデジタルライフプランナーになっていく。金融分野ではファイナンシャルプランナーという仕事があるが、将来のデジタルライフを安心して楽しめるようにコンサルしていく。

社長のリーダーシップのもと、新しい価値創造のコラージュ(頭の中を整理したふかん図)を作り、お客とは一人一人に合った計画書(デザインシート)を作り上げていく。新しいスマホが出たから、買い換えて、ということではなく、今後4年のデジタルライフを互いに検討して、それに対して計画的提案を行い、計画的に価値創造をしていく。

・会社としては、社員のES(満足度)を上げるように仕組みを作っていく。そのためのインセンティブも報酬につけていく。70歳まで働けるようにして、50歳を過ぎても社員として採用していく。つまり、働き方を多様にして、ステークホルダーとのつながりの中で、信用、信頼を作り、やる気を引き出していく。

 組織は逐次変えているが、営業ではなく、生産という名称に変わった。従来の営業統括本部は2018年3月から運営生産本部と名称を変えた。店舗を運営するのは同じであるが、売るための営業ではなく、客の楽しさ、客の価値を生み出すための生産が大事であるという発想である。

・品質管理生産本部も、生産という言葉が入った。従来の品質、総務、人事に対して、品質を作り出すのは人、総務・人事も人材を作り出して社内の仕組みを作り変えていく。新しいことを創出するという意味を込めて生産するという。

・営業から生産へ、売ることから価値を作ることへ、PCデポはここに本格的に取り組もうとしている。野島社長の本領発揮である。

 野島社長は、個人として、社員に自社株を贈与すると決めた。グループの役員および正社員に、5月14日の株価(386円)に対して最大6億円(155.44万株)を贈与する。8月より順次株式贈与契約を締結する。

・8月に創立25周年を迎えるが、当社のビジネスモデルを大きく変革させる中にあって、社員のやる気を引き出すために、株主としての立場も踏まえられるように、インセンティブを付与することとした。

・通常自社株買いというのは、会社の資金を使って、市場から株式を買う。これは株主還元になる。自社株の買い入れ額が株式の価値を高めるからである。

・今回は、オーナー(野島社長、3月末現在の資産管理会社分も含む持株比率31.13%)が、自分の資金でマーケットから10億円ほど買い付ける。そのうち6億円分を社員に分配、贈与する。会社とは関係のない個人としての贈り物である。会社のP/Lとは何ら関係ない。

・野島社長は考えた。社員が、会社が進もうとするデジタルライフプランナーに本気で取り組んでもらうには、社長自らインセンティブを出して、それを目に見える形にすることが必要であると。

・既存の株主にとっては、オーナー買い(10億円)を踏まえて、社員が株主になり、やる気を高めるのであれば、まさに同船に乗った気分となる。丁度ビジネスモデルが切り替わる時で、その方向もみえてきた。ここで勢いが加速すると、企業価値は大きく高まってこよう。

・この自社株のオーナー買いと社員への贈与インセンティブは、本邦初である。野島社長のアイデアはまことに画期的でユニークである。その成果に期待したい。

空間シェアリングエコノミーの展開~TKPのリージャスジャパン買収

・TPK(コード3479、時価総額1868億円)は、4月に日本リージャスの買収を契約した。世界トップクラスのレンタルオフィス企業であるRegus(リージャス)の日本におけるマスターフランチャイジーとなった。

・これで貸会議室に加えて、貸しオフィスでもブランド力のある事業展開が可能となった。TKP 250拠点、日本リージャス150拠点の合計400拠点を、今後10年で1500拠点まで拡大しようという戦略である。

・買収金額は3.2億ポンド(約460億円)である。のれんを20年で償却すると、年間22億円程度の費用が発生と推定する。日本リージャスはそれを上回る収益力があり、TKPとのシナジーも見込める。事業展開では、貸会議室からレンタルオフィス、コワーキングスペースへ、空間再生のドメインが大きく広がることになろう。

・TKPは、時間貸し(会議室)から月貸し(オフィス)へ事業の枠を広げようとしていた。この局面でリージャスの案件が飛び込んできた。すぐに動いて、IWG(リージャスのホールディングカンパニー)の創業者でCEOのマーク・ディクソン氏と意気投合し、一気に買収を決めた。ディクソン氏は、TKPの取締役にも就任する予定なので、今後の連携は深いものとなろう。

スイスに本社のあるIWG傘下のリージャス(Regus)は、レンタルオフィスで世界№1のブランドを有し、世界110カ国、1100都市に3300拠点を有し、ロンドン証券取引所に上場している。このディールの発表後、IWGの株価は275ポンドから334ポンドへ21.5%ほど値上がりし、時価総額は30億ポンド(4350億円)となった。

・TKPは、日本リージャスの買収で、1)既存拠点の獲得と同時に、2)IWGと日本国内の長期パートナーシップを結び、IWG各ブランドの独占的運営権を得ることができた。貸会議室とレンタルオフィスは互いに補完関係にあり、事業の親和性が高い。具体的なシナジーとしては、①共同出店、②TKP既存施設のレンタルオフィスへの転換、③両社のリソースの融合による顧客サービスの向上が見込める。

 ・IWGのCEOマーク・ディクソン氏(英国人)は創業者で、TKPの河野社長と波長が合った。IWGは、Regusを直営によるグローバル展開からFC(フランチャイズ)方式を活かした地域密着型、スピード重視のビジネスモデルを変えようとしていた。その第1号として、日本のマスターフランチャイジーにTKPが選ばれた。

 TKPの取締役に、IWGのM.ディクソンCEOに入ってもらう予定である。日本リージャスの西岡氏もTKPの取締役となって、社長を継続する。社員200人もそのまま移ってくる。

・IWGのM.ディクソン氏はなぜTKPを選んだか。日本マーケットでスピードを上げてビジネスを拡大するには、1)ダイナミックなリーダーシップをもった経営者がよい、2)日本で強力なプラットフォームを持っている企業がよい、3)シナジーの出る会社がよい、という理由でTKPに決まった。

・日本リージャスの西岡社長は、1)TKPの河野氏を良く知っていた、2)似た業界だが競合ではなく補完できると感じていた、3)現場では既に客を紹介し合うことがおきていた、4)一緒になることで、メニューが多様化できビジネス拡大がスピードアップする、ということで、TKPグループに入る事に何のためらいもなかった。

リージャスのブランドは、①無人のレンタルオフィス(Openoffice)、②サポート付レンタルオフィスのリージャス(Regus)、③コワーキングスペースのスペーシーズ(SPACES)などのグレードで展開されている。これから首都圏で新しいオフィスビルが次々と完成してくる。

・そうすると、従来のオフィスから移動する会社が続々と出てくる。空きスペースが出てくる。そこを活用する余地は大きくなろう。地方中核都市でも商業施設が空いてくる。金融機関の店舗も空いてくる。働き方改革が進む中で、働く場所の自由度は高まってくる。働く人々の転職も拡大してくる。独立して働く人々も増えてくる。よって、多様な機会が広がってこよう。

 TKPの施設は250拠点(37.5万㎡)、日本リージャスの施設は150拠点(9.5万㎡)で、合計すると400拠点(47万㎡)となる。これをこれから10年で1500拠点に拡大しようとしている。

・TKPはRegusのマスターフランチャイジーなので、日本において自前で直営の拠点を拡大してもよいし、立地によってはFC(フランチャイズ)展開を行ってもよい。東京では、新築のビルが1500万坪できてくる。TKPが有する貸しスペースはまだ12万坪である。その拡大余地は極めて大きいといえよう。

・また、日本のTKPのユーザー、リージャスの会員が世界にでると、世界のリージャスの施設が使えるように工夫することも可能となろう。逆に、海外のリージャスの会員が日本に来た時には、日本の施設を使えるようにしていく。互いのプラットフォームを利用し合うことが出来るわけだ。

 ・競合はどうか。米国のウィーワークは2008年創業で、2017年7月にソフトバンクグループと合弁で、WeWork Japanを設立した。ウィーワークは世界31カ国、97都市に554拠点、40万人をこえる会員に対してコワーキングペースを展開している。シェアードオフィス、ワークスペースを共同で利用する仕組みを提供する。

・レンタルオフィスという範疇でみると、ウィーワークとリージャスは高単価のコワーキングスペースの提供であるのに対して、TKPは別のセグメントも狙える。貸会議室とのシェアリングで、成長企業にフレキシブルなスペースを中価格帯で提供する。ニーズのあるボリュームゾーンを狙うという考えである。

・TKPは日本で12万坪、日本リージャス3万坪のシェアリングスペースを有している。一方、ウィーワーク(WeWork)は、ニューヨークに本社をおき、9万坪のコワーキングのスペースを有している。

・ウィーワークはオフィスの執務室のシェアリングであるが、TKPはオフィスの共有スペースのシェアリングを中心に100人が使えるような会議室をシェアリングしている。さらに、バンケットや商業イベントのスペースのシェアリングへハイブリッドの活用を展開している。

・スペースユーティリティのカギは、量と価格のバランスを図ることである。ここで、12万坪を増やして収入の拡大を図るのか、12万坪の高付加価値化を目指すのかという課題に対しては、両面作戦ながら、基本は高付加価値化を目指す。十分対抗でき、競争優位が確保できよう。

 

攻めのIT経営銘柄~グランプリはANAホールディングス

・4月に「攻めのIT経営銘柄2019」が発表された。経産省と東証が共同で主催しており、経営革新や生産性の向上をもたらすITの活用に取り組んでいる企業を表彰するものである。

・今回で5回目の表彰であるが、業種ごとに優秀な企業を選定することに加えて、初めて全企業の中からグランプリ(最優秀)も選出した。デジタルトランスフォーメーション(DX)が、経営トップの強いコミットメントによって実践されている企業を選んだ。

・DXとは、1)データとデジタル技術を活用して、2)ビジネスモデルを変革し、3)競争優位を確立することである。

・攻めのIT経営“銘柄”と言っているところが面白い。通常なら企業というところを銘柄と名付けている。銘柄とは、広義にはブランドを意味するが、東証に上場する企業を株式投資の対象とする時、投資家は銘柄という言葉を使い、業界用語となっている。

・5つの評価項目をスコアリングしているが、これらの項目は企業のIT化、とりわけDX化を評価する時に大事な軸である。

・第1は、経営方針や経営計画に、企業価値向上のためのIT活用を盛り込んでいるか。トップマネジメントのコミットメントと、IT活用を推進する責任者を置いていることが重要である。

・第2は、企業価値向上のためのIT活用に向けて、戦略をしっかり立案し実行しているか。戦略であるから、現状のビジネスモデル(価値創造の仕組み)を、次の目指すべきビジネスモデルにどのようにもっていくか。その方策が問われる。まさにDXの根幹である。

・第3は、攻めのIT経営を推進するための組織体制と人材の確保である。従来の守りのITでは、システム部門は重要であるが、専門的な1つの部署にとどまっており、人材もミドルバック業務対応が中心であった。これを新しいDXにもっていくには、人材の配置や育成が決定的に重要である。どの企業においても人材は不足しており、ここの強化が問われている。

・第4は、攻めのIT経営を支える基盤作りである。新しい情報セキュリティなどシステム基盤を整備する必要がある。既存のシステムがレガシー(時代遅れ)となっているならば、これを入れ替えていくだけではなく、全く別の仕組みへ変身させていくことが求められる。

・これは、大変な作業であり、失敗は許されない。となると、そのようなリスクはとりたくないとなり、既存のシステムを温存して、使いまわしていくことになりかねない。それでは競争劣位に陥ってしまう。

・第5は、企業価値向上のためのIT活用を、企業自らどのように評価しているかである。ITを推進しても、それがどのような効果を上げているかは、なかなか分かりにくい。IT投資の効果はいくらか。これも計量化しにくい。

・しかし、定性的、定量的に評価する方法をビルトインしていかないと、PDCAをうまくまわしていくことができない。この評価システムをしっかり持っている企業は強い。

・東証上場企業にアンケートを送り、答えてもらう。自信のある企業や自らのポジションを知りたい企業は、アンケートに積極的に答える。アンケートの項目をみて、無理だと思う企業や面倒と思う企業は返信してこないとみられる。

・回答企業について、項目ごとにスコアリングし、ROE(3年平均)による基準も加えて、最終選考に入る。最終選考では、企業から提出された攻めのITに関する「わが社の事例」を審査員が評価する。

・この事例の優劣も踏まえて、東証業種分類ごとに優良企業が選ばれていく。業種毎なので、業種間のバラツキはありうる。業種によっては一定のレベルに達していないという理由で選定企業がないこともある。

・企業価値向上のためのIT活用・DXの推進では、実際の事例を通して、1)IT活用による「革新的な生産向上」の実現、2)IT活用による「既存ビジネスの拡充」の実現、3)IT活用による「ビジネス革新」の実現、という3つのレベルをみていく。

・データとデジタル技術の活用、収益への貢献、将来性や発展の可能性、さらにSDGsなど社会的課題の解決に対する取り組みもみていく。

・今回は29社が選定された。その中で、5年連続で選ばれた企業は、アサヒグループホールディングス、ブリヂストン、JFEホールディングス、JR東日本、三井物流、東京センチュリーの6社であった。

・一方、今回初めて選ばれた企業は、ユニ・チャーム、エーザイ、JXTGホールディングス、大日本印刷、丸井グループ、MS&ADインジュアランスグループ、三井不動産、三菱地所、パソナグループの9社であった。

・29社以外に、注目できる取り組みを行っている企業20社が、別途「注目企業」として選ばれた。注目企業の中には、テクマトリックス、パイプドHD、ラクスル、メルカリ、ルネサンス、ERIホールディングスなど、ユニークな企業も含まれている。

・最高のDXグランプリには、ANAホールディングスが選ばれた。①レガシー刷新を終えて、DXへの経営ビジョンが明解、②空港における簡単便利な顧客価値の提供、③空港オペレーションの革新的な生産性向上、④アバター推進などデジタルプラットフォーム作り、⑤全社的なイノベーションへの取り組みが本格的であることなどが評価された。

・こうした企業がそのまま投資対象になるわけではないが、中長期的な企業価値向上の有力候補であることは間違いない。日本のDXは世界からみてまだ先進的とはいえない。遅れているところも多い。

・しかし、「攻めのIT経営銘柄」を参考に、企業を見る目を一段と養い、自らのポートフォリオを見直すことは極めて有効であろう。

企業情報の開示が充実へ~効き目はいかに

・4月に金融庁の井上企業開示課長の話を聴いた。企業に関する情報開示はさらに進もうとしている。①最近の論点はどこにあるのか、②投資家、アナリストからみた時、どこが大事なのか、③企業の社外取締役や社外監査役にとっては何を重視すべきなのか、という観点でいくつか取り上げてみたい。

・共通していることは、何らかのアクションをとった場合に、どうしてそのような結論や判断に至ったのかについて、理由やプロセスをもっと開示してほしいというものである。

・SSC(スチュワードシップ・コード)の実行において、1)運用機関は、議決権行使の理由の説明など対話の中身について、開示が不十分である、2)議決権行使助言会社も、企業との対話が不十分である、との意見がフォローアップ会議で出されている。

・対話というのは手間がかかる。課題について個別に議論をするには時間がかかる。時間をかけても十分な意思疎通ができるとは限らない。実際、時間をかけるだけの組織体制ができていないことも多い。杓子定規な要求や対応では、そもそも企業価値向上に結びつかない対話になってしまう。

・開示をするには覚悟がいる。よりよい方向に改善するために、賛否の理由を語るのである。企業にとって不愉快に感じるかもしれないが、次の改革に活かしていく前向きな姿勢が求められる。

・議決権行使助言会社は、一律のルールを決めて効率よくさばこうとすると、杓子定規のルールを厳しめに設定することになり、それを利用する運用機関も丸呑みするだけでは実態から離れてしまう。個別の対話を重視しようとすれば、それだけの体制をつくる必要がある。一方で、助言もビジネスであるから限度があるかもしれない。

・CGC(コーポレートガバナンス・コード)では、1)内部監査部門が独立社外役員(取締役や監査役)と連携を深めること、2)上場子会社のガバナンスは、一般株主保護の立場からどう考えるのか、という意見が出ている。

・内部監査(IA)がそもそも充実しているか、社長直結といっても形だけの組織になっていないか、という懸念がある。社外役員からみると、IAがしっかりしている会社は安心できる。

・IAが不十分な場合には、まずミッションの実効性について報告を求め、連携が強められるように運営の仕方を変えていく。人員が少ない場合も多いので、経営トップに人材の強化を訴えて実現するということも必要である。

・監査報告書におけるKAM(Key Audit Matters : 監査上の主要な検討事項)の導入が、2021年3月期から全面的に始まる。財務諸表が適正と認められるか否かに関連して、もっと中身の議論を示すことが望まれている。

・どのように進めるか。1)監査の過程で監査役等と協議した事項、2)その中で特に注意を払った事項、3)さらに特に重要であると判断した事項、について特定する。この3)のところがKAMに当たる。

・特別のリスク、虚偽表示のリスク、不確実な見積もり、経営者の重要な判断などについて、プロの会計士としての絞り込みを行い、KAMを決定する。

・KAMは問題点の指摘ではない。どういうところを重要と認識したか。その理由と議論について明記してくれれば、監査報告書の透明化に役立ち、投資家は必ず読みたくなる。つまり、投資判断に役立つ情報と捉えるので、会社との対話に活かすことができる。

・では、公認会計士はどこまで書くか。監査人が株主に対して必要な情報提供を行う事は守秘義務違反とはならない。一方で、会社サイドは余計なことは書かないでほしいと考えるかもしれない。

・しかし、通り一遍の当たり障りないことで済まそうとすれば、それはすぐにわかってしまう。見識のある投資家やアナリストは、このあたりを見抜くことができる。公認会計士も、実態分析の腕と表現力が問われよう。

・企業の会計監査人が交替するケースがある。その理由は、多くの場合、任期満了と書かれる。確かに任期満了であっても、もう一歩踏み込んで、その理由を知りたいと投資家は考える。また、異動の理由として最も多いのは、監査報酬の多寡である。

・筆者の実感としては、会社サイドには、監査報酬を安くしたいという以上に、監査に対する不満がある。経営方針に合わない会計の厳格さを要求される場合、これまで良しとされたことが修正となる場合、担当が変わって相性を通してクオリティに満足できない場合などがあろう。

・監査法人からみると、限られた人材の中で、十分な協力が得られない会社とは継続したくないと考える。人材の交替は避けられない。確かに相性もある。しかし、組織として信頼が得られないならば、手を引きたいという欲求も強まってこよう。

・ここで重要なことがある。同じ監査人が長く担当すると、何らかの弊害が起こりうるので、一定の期間で担当や法人そのものを変えるという議論である。変えることで、マンネリを防ぎ、新しい目で監査を行うということは重要である。

・監査報酬に関しては、筆者の持論がある。とかく企業は監査報酬をコストと考える。コストは安い方がよいので、ひたすら値切ろうとする。監査法人は人手の商売なので、時間を多めにかけて売上を増やそうとしていると考えがちである。

・監査報酬は確かに費用ではあるが、それは監査価値に対する対価である。的確な監査を通して、企業価値に対する信頼が高まるのであれば、それはコストではなく、価値創造のための投資である。監査報酬をケチるような風潮は何としても改めていく必要があろう。

・有価証券報告書のおける記述情報の充実も図られようとしている。財務情報および財務情報を適切に理解するための記述情報(経営戦略、経営成績の分析、リスク情報など)の充実では、1)ガイダンスの設定、2)ベストプラクティスの公表、3)開示ルールの策定(内閣府令の改正)などが進められる。

・開示ルールの策定では、役員報酬のプログラムや実績、政策保有株式、監査人の継続監査期間などについて、これまでよりも詳細に記載するようになる。

・記述情報の開示に関する原則では、1)取締役会や経営会議での議論を踏まえた経営目線での議論の開示、2)情報のマテリアリティ(重要性)、つまり業績に与える影響や発生の蓋然性を考慮した議論、3)資本コストを踏まえた成長投資、手持資金、株主還元の議論などがあげられている。また、決算説明会、年次報告書で使っている図表、写真等は有報でも使ってよいことになる。

・企業情報の開示は、年々充実する方向にある。これを改善ととるか、手間のかかる作業の要求ととるか。政策として充実を求めても1)投資家に役立たなければ使われない、2)企業価値向上に役立たなければ形式にとどまる。

・本来、これらの施策は大いに貢献するはずである。その意味において、一連の開示情報の充実が企業価値向上にとって、効き目があるかどうかをじっくり見ていきたい。

これからの金融行政~金融庁の変身

・4月に金融庁の遠藤長官から、今後の金融行政について話を聴く機会があった。その骨子に触れながら、印象に残った点について考えてみたい。

・金融庁は平成と共に発足したが、前半は金融危機対応、特に銀行を中心とした不良債権問題への対応に四苦八苦してきた。リーマンショックを乗り切った後からは、「金融処分庁」から「金融育成庁」へ変貌しようとしている。

・当初は、①ルール重視の事後チェック、②厳格な資産査定による検査、③徹底した法令遵守の確認に力を入れた。

・実効性はあったが、①形式、②過去、③部分への集中によって、副作用もあった。経営の中身より担保、経営のリスクより資産査定、顧客へのサービスより証拠作り、という姿勢に懸念があった。

・そこで、企業・経済の持続的成長と国民の安定的な資産形成には、3つのバランスが重要であると、考え方を前進させた。

・1)金融システムの安定は大事であるが、金融仲介機能をもっと発揮させるようにする。2)利用者保護はもちろんであるが、利用者の利便性をもっと高める。3)市場の公正さ、透明さを確保するとともに、市場の活力を引き出すことである。

・金融庁の組織も、課題に対応するために再編された。中心課題は、金融機関の活動が、①企業の事業性を評価し、②顧客の立場に立って運用サービスを提供し、③将来を見据えたリスクを捉えて、④持続可能なビジネスモデルを実現することにある。

・そのためには、ベストプラクティスの追求に向けた対話に力を入れ、「金融育成庁」として金融サービスの向上に取り組む。具体的に7つの方針を打ち出している。デジタル化、資産形成、活力、ガバナンス、信頼、協力、改革がキーワードである。

・金融デジタライゼーションでは、2018年7月にFinTech Innovation Hubを設置した。フィンテックについて最新のトレンドを把握して、未来志向で金融行政に役立てていこうというものである。

・金融機能では、①決済、②資金供与、③資産運用、④リスク移転がとりわけ重視される。伝統的な銀行法、貸金業法、金融商品取引法、保険業法といった業態別ではなく、金融の機能別に中身を再検討しようとしている。

・家計の資産形成では、1)長期・積立・分散投資の推進、2)顧客本位の業務運営の確立、3)高齢社会の金融サービスのあり方、がテーマである。

・とりわけ、顧客本位という観点からみた時、金融機関が自己本位の利益を優先しているのではないか、という疑念がある。ビジネスモデルの抜本的転換が求められているが、その新しい姿がまだ十分描けていない。

・金融機関はどのようなビジネスモデルを創るべきなのか。①顧客に最善を尽くしながら、②社員に適切な動機付けをして、③会社としての持続的な価値創造の仕組みを構築することが問われている。

・押しつけ販売にならないようにできるか。顧客がよかったと実感できるようになるか。社員が、提供する商品やサービスに本当に自信を持てるか。これらはどのビジネスにおいても本質的なテーマである。

・はっきりしていることは、今の仕組みのままでは無理がある。新しいイノベーション(革新的な仕組み作り)がそれを成し遂げることになるので、強烈な新陳代謝を伴うことになろう。金融機関はなくならないが、担い手はかなり入れ替わる可能性が高い。

・資本市場の機能強化に向けて、CGC(コーポレートガバナンス・コード)やSSC(スチュワードシップ・コード)の改定、対話ガイドラインの策定も進んでいる。活力を引き出すためには公正・透明を確保しつつ、やる気のあるプロを登場させやすくする。そのための育成をサポートすることである。

・おもしろいことに、金融庁自身が組織活力の向上に向けて、職員の働き方改革に取り組んでいる。人材の配置、人事評価、人材育成、コミュニケーションの充実において、新しい試みを次々と実行している。若手の自主性を重視する政策オープンラボや、職員による出張授業も始めた。

・遠藤長官自ら、処分庁から育成庁に変身すると明言している。安定、保護、透明だけではなく、発展、利便、活力を強調している。検査局を廃止して、総合政策局や企画市場局を重視する。ミニマムスタンダードのルールを守っていればよいということではなく、もっと活発にベストプラクティスを実現することを求めている。

・金融の法体系も新しいものへ変えていく必要がある。FinTechでは新規参入が相次ぐし、今のままではイノベーションの制約になって世界から遅れをとってしまう。

・投信の販売や残高、ビジネスモデルを見ると旧態依然としている。米国に30年遅れているという認識のもと、新しい理念と運用を見える化して、リーディング運用機関を育てようとしている。

・そして、日本の金融の仕組みを変えていくために、まず金融庁自らが変わろうとしている。組織運営ではグーグルにも学んでいる。新しい時代の金融行政を期待したい。