企業分析の基本~何を知りたいか
2021.05.18 (火) 4:33 PM
・投資家として、まだよく知らない上場会社を理解したいと思った時、どうすればよいか。私の場合は、次の3つを基本動作とする。
・第1は、直近年度の決算短信を読む。財務の状況を知ることができる。P/L、B/L、C/Fの現状をみて、次期の会社計画を知る。会社計画を公表していない会社もあるが、それはそれでよい。そういう方針であると理解する。ここで、PBR=ROE×PERの関係式において、その会社が現状どのような水準にあるかを知る。株式市場でどうみられているかをイメージすることができる。
・第2は、有価証券報告書(有報)をみる。決算短信には載っていないところを重点的にみていく。会社の構成、歴史、主要株主、経営陣の経歴、ガバナンス、経営方針、監査法人などを知る。この有報の内容が、最近充実している。
・第3に、統合報告書を読む。わが社の企業価値創造を財務、非財務の両面から総合的に語っているので、大いに参考になる。統合報告書を出していない会社は、ホームページを見て、本来なら統合報告書に載せるような内容について、関連する表示をみていく。当然、バラバラなことが多く十分でない。それでも取り敢えずの理解には役立つ。
・ここまで進むと、知りたい項目が山のように出てくる。これを、個人投資家説明会や決算説明会で聞いていく。動画をみることもできるので、社長やCFOの説明を聴き、会社の内容を理解するとともに、マネジメントの人柄に触れていく。
・こうして一度突っ込んでおくと、その後関連情報がニュースとしていろいろ耳に入ってくる。自分が関心を持っていると、その会社にまつわる情報が目に飛び込んでくるのである。こうして1~2年みていると、会社への理解が深まる。
・そこで面白そうだと思ったら、少しだけ株を買って株主となる。株主になると、会社の情報がさらに入ってくる。株主総会に出て質問をしてみると、ますます分かってくる。そこで中長期に投資できると思ったら、タイミングを見て買い増していく。これが個人投資家としての私のやり方である。
・アナリストとして、レポートを書く場合は全く別で、個別インタビューをかなり頻繁に行う。分析の基本は、比較と予測にあるから、できるだけ多面的に比較して、会社の将来を予測していく。予測はそう簡単に当たらないが、何よりも大局面な蓋然性(確からしさ)を見る。その上で、業績予想や株価評価を行い、逐次修正しながらフォローしていく。
・2020年3月期から、有報の記述情報(非財務情報)が充実されるようになった。投資判断に必要とされる情報は、財務情報と非財務情報が一体となっている。この非財務情報を、有報では記述情報といっている。
・記述情報には、①ビジネスモデルと経営戦略、②MD&A(経営者による議論と分析)、③リスク情報などが含まれる。すなわち、事業目的をどのように実現するのか。事業のパフォーマンスはどうであったか。これからどのように実現するのか。その時、リスクはどこにあるのか。こうした内容に、有報はかなり踏み込むようになってきた。
・情報開示には常に表と裏がある。会社としては、得意なところは大いに開示してアピールしたい。一方で、知られると不利になることや、得意でないことは開示したくない。それでも開示を迫られる時は、できるだけ通り一遍に当たり障りないようにする。ただ、こうした姿勢は、真剣に読む投資家にはすぐわかってしまう。
・一方、自社の課題をあげて、まだ決め手が十分でないにしても、次の対応策をきちんと開示する会社は、その姿勢をみるだけでいい会社と分かってくる。
・統合報告書はどうであろうか。単なる会社紹介レポートになっていないか。単年度の業績報告になっていないか。中長期の価値創造ストーリーがきちんと語られているか。ESGが価値創造に結び付けられているか。
・経営(CEO)、戦略(CSO)、人材(CHRO)、DX(CDO)、財務(CFO)などのマネジメント人材が、ユニークな文化を創っているか。最近は、開示のレベルが上がってきているが、まだ十分とはいえない。
・統合報告書にも2つの側面がある。経営の実態が充実しているのに、それを十分表現できていない企業と、実態が不十分なのに形だけを整えようという企業である。投資家からみると、この差も意外にはっきり分かってしまう。
・まだ統合報告書を作っていない企業は、ぜひ作成してほしい。どの会社も一定レベルのレポートは作れるはずである。それをホップ、ステップ、ジャンプとレベルアップしていけばよい。
・企業価値創造にあたっては、将来のありたいビジネスモデルをきちんと構想することである。これはマネジメントの仕事であり、取締役会の実効性を評価する上で、根幹に関わることである。その進行状況を適切に開示してほしい。
・どの企業にも自社の良さがある。そこは大いに語ってほしい。そうすると、足らないところが相対的に見えてくる。投資家は、その点についてエンゲージメントしていく。マネジメントサイドも分かっているはずで、何らかの手を打っており、場合によってはそれが加速されることにもなろう。経営が強くなるポジティブサイクルとして働こう。
・投資家は、有言実行を求める。かつて筆者が自動車アナリストだった頃、トヨタは不言実行を基本としていた。当時はそれが美徳でもあったが、今は説明責任が問われる。しかし、有言実行は難しい。日本電産の永守氏やソフトバンクグループの孫氏は、それを“ホラ”と称する。夢と長期ビジョンを本音で語って、その実現に邁進する。
・一方で、確実にできそうなことしか語らない経営者も多い。その割には日本企業の中期計画は、目標を掲げても実現できない場合が多い。目標をストレッチしながら、その実現を達成するような経営をぜひ実践してほしい。統合報告書にはそうしたの内容を期待したい。