社外取締役との意見交換会~エーザイのケース
2019.12.16 (月) 11:57 AM
・10月にエーザイの社外取締役との意見交換会が催された。機関投資家と社外取締役との対話は、次第に広がりをみせている。エーザイの場合は、ほとんどの社外取締役が一同に揃って、意見交換の質疑と行うというもので、画期的である。
・参加する前に、「統合報告書2019」を読んだ。毎年目を通しているが、今年の統合報告書はとりわけ良く出来ている。私が注目した点をいくつか取り上げてみる。
・まず、エーザイにとっての重要課題(マテリアリティ)をしっかり取り上げており、それについて本論の中で議論している。社会環境、経営環境をみた時のわが社の課題と、そもそも自社の経営理念に照らして、社内の課題として改革に取り組むべき課題がきちんとまとまっている。
・筆者の持論である5つの視点が明確に盛り込まれていた。①企業価値創造の仕組みであるビジネスモデルの将来の姿を描こうとしている。それを構成する、②経営者の経営力、③事業の成長力、④業績下方修正に対するリスクマネジメント、⑤サステナビリティを支えるESGについて、かなり具体的に語られている。
・SWOT分析における弱みについて、手が打たれている。大型新薬の創出が遅れていることについては、自社創薬の抗がん剤が大型に育ちつつある。世界のビックファーマに比べて、R&D費が限られていることに対しては、重要プロジェクトの選択と集中、パートナーシップの活用で対応していく。
・どの企業にも弱みがある。弱みに対して、何の手も打たれていない時、手の打ちようがない時、企業は何もできないとは語らない。経営者は必ず手を打とうとする。それが一定の方向で見えてきた時には、必ず語り出す。弱みを強みにかえようとするのである。常にここに着目したい。
・価値創造のプロセスとフローも分かり易くなった。新たな企業価値を創り出すためのビジネスモデル(BM2)を目指して、それを支えるキャピタルに投資していく。その投資がBM2にはなくてはならない構成要素(マテリアリティ)となっていく。
・そのつながり(コネクティビティ)をいかに作っていくか。その戦略が分かり易い。最も重要なキャピタルの1つである人的資本(ヒューマンキャピタル)の新しい創り込みに対して、人材イノベーション戦略を語っている。活動の内容を実証的に示している。
・企業価値にESGをいかにインテグレーション(統合)していくか。柳CFOの学問的実証も踏まえた実践論がエーザイにフィットしている。
・エクイティ・スプレッド(=ROE-資本コスト)の経営はどの企業にも検討してほしいが、投資家としては、ビジネスモデル(BM2)を想定する時に、まず次の関係式をイメージしておくと理解が進む。PBR(株価純資産倍率)=ROE(株主資本利益率)×PER(株価収益率)である。エーザイの場合、現時点で見ると、PBR 3.81倍=ROE 13.4%×PER 28.5倍となる。
・新薬開発の成功の見込みに依存して、長期のROEは変動するし、将来の成長を示すPERも大きく変わりうる。それを支える無形資産に対する評価も一義的に定めることは難しい。
・投資家としては、新薬の開発が進み、どのくらい売れる、いくら儲かると分かってから投資するのでは遅い、マーケットが効率的であれば、それまでに織り込まれてしまう。それでも企業というのは常に新しい動きをみせるので、新しいα(アルファ)をとれる可能性はある。
・では、早い時期に知るにはどうしたらよいか。それは、BM2を支える経営資源をじっくりと判断し、CEOの経営を見抜いていくことである。
・エーザイの統合報告には、それが相当盛り込まれている。個人投資家の場合は、まず少数株主となって、株式総会に参加して、経営陣とよく対話することである。そこで、確信が高まったならば、自分のポートフォリオに合った持株数まで増やしていけばよい。
・新しい認知症の治療薬は上手く行くのか。期待は高まってきたが、一筋縄ではいかない。治験のプロセスにおいて、さまざまな情報が出てくるので、それに伴って株価もボラタイルに変動する。会社サイドは必死である。将来の命運がかかっている。認知症は身近な問題であるので、その内容はぜひ理解したい。
・エーザイは認知症について、医薬品にとどまらないソリューションの提供を目指して、取り組みを進めている。
・この点について、内藤景介執行役(内藤社長の長男、31歳、チーフデジタルオフィサー兼ディメンシア トータル インクルーシブ エコシステム本部長)の講演を聴いてみた。認知症(ディメンシア)と共生する社会基盤を、いかに住み慣れた町で構築していくかという取り組みに、若手の内藤氏が先頭に立っている。
・統合報告書の後半に、コーポレートガバナンス(CG)の実効性について、社外取締役7名の各々の意見が載っていた。7名全員を取り上げているのはユニークである。
・これらを踏まえて、社外取締役との意見交換会で印象に残った3点にふれておきたい。第1は、機関投資家の関心事である買収防衛策の継続についてである。これについては、対外的なニュースリリースで、会社サイド、社外取締役の意見はきちんと表明されている。しかし、統合報告には具体的に取り上げられていない。
・エーザイへの敵対的M&Aはありうる。その時、適切に判断する仕組みはあった方がよい。社外取締役が買収防衛策発動の判断に加わる。社外取締役が常に少数株主の立場を尊重するのであれば、社外取締役に任せてもよいのではないか。
・株主総会の取締役の選任で、CEOへの賛成率が70%台というのはいかにも低い。買収防衛策が経営陣の保身ととられかねないので、株主総会での決議事項とした方がよいのではないか、という意見もある。これらの点については、引き続き真剣に議論しているという。
・第2は、コーポレートガバナンス(CG)の改革は十分かという点である。エーザイのCGは先進的である。上場企業の中ではトップクラスの水準にある。それでも課題があるという。
・リスクマネジメントの仕組みが十分かというテーマである。内藤CEOにすべて説得されてしまっては、十分とはいえない。事業のプロセスにおいて、リスクを直接みていく。しかも、新薬開発の事業リスクを的確に見定めて、戦略とリンクされていく。
・ここにおいて、執行サイドと別の意見があってもよい、という論点である。ストップ&ゴーのプロセスにおいて、医薬ビジネスのスペシャリストが必要ではないか。買収防衛策の見直しについても、リスクマネジメントの観点からもう一段踏み込んでいく必要があるという見方である。
・第3は、執行役の専任のあり方についてである。執行役の専任はどのようにしているのか。女性の比率はどのように上げていくのか。CEOの長男が執行役となったが、親族の採用はどのように行っていくのか。
・次期CEOの選任プロセスにおいては、現任の評価、次期候補者の評価と育成を行っている。ダイバーシティについては、女性の採用が増えていく中で、いずれデータに現われてこよう。人的リソースをみて意欲的に取り組んでいるが、すぐには難しいという見方である。また、CEOの娘婿が常務であること、長男が執行役になったことについては、仕事が出来るという点から異論はないという。
・エーザイは業態を変えていく。新薬開発は主軸であるが、予知、予防、診断へ領域を広げていく。ITやAIについて、これらを取り入れてBMの変革を進めていく。こうしたDX(デジタルトランスフォーメーション)を目指す中で、内藤執行役は適任であり、その人材がたまたまジュニアであったにすぎないという。投資家としては、BMの改革向けて、将来のCEO候補として内藤執行役がいるとみておけばよい。
・エーザイは次の10年、どのように変貌していくのか。株主として共に歩むことをどう感じるか。エーザイのhhc(ヒューマン・ヘルスケア)は、すべての社員が患者とともに過ごす。これを共同化として実践している。株主となって、エーザイの価値創造に共同化してみると、一層ワクワクしてこよう。