カイテキ経営の成果~3軸の定量評価に着目
2017.07.22 (土) 6:40 PM
・7月に日本CFO協会のイベントCFO Night!で、三菱ケミカルホールディングス(MKHC)の小酒井CFO(代表執行役副社長)の話を聴いた。「KAITEKI」経営について、小林会長から初めて聴いたのは、もう5年以上も前である。その後何度もフォローしているが、いかに経営に根付いているか。興味は尽きない。
・グローバル経営に活かすために、KAITEKIをアルファベット表記とした。カイテキ経営は、MOS(サステナビリティのマネジメント)、MOT(テクノロジーのマネジメント)、MOE(エコノミクスのマネジメント)の3軸から成る。
・MCHCは、純粋持株会社の下に4つの会社(三菱ケミカル、太陽日酸、田辺三菱製薬、生命化学インスティチュート)を有する。このうち、太陽日酸と田辺三菱製薬は上場を継続している。グループで2016年度の売上高3.4兆円、コア営業利益3070億円、売上高営業利益率9.1%、ROE 15.1 % 、従業員6.9万人。日本トップの化学会社、世界でも6位という地位にある。
・企業のモットーはAPTSIS(アプトシス)、即ち、俊敏に、原則に従い、透明性をもって、危機感を強く持ち、国際市場で成果を上げ、安全・安心を持続することにある。事業分野は売上構成で見て、機能商品(フィルム、炭素繊維、ポリマー、新素材)32%、素材(石化原料、炭素、産業ガス)46%、ヘルスケア(医薬品、ライフサイエンス)16%、となっている。
・これを4つの会社、13のMBU(マネジメントビジネスユニット)、26のSBU(ストラジックビジネスユニット)で展開している。投資家はIRの中で、事業が多様化しすぎて、コングロマリットディスカウントがあるのではないかと指摘する。
・これに対して、小酒井CFOは、1)時代はモノづくりではなく、コトづくりに入っているので、2)社会の課題にソリューションを提供するには、事業のベースが広くないと十分でない、3)これからは多様な事業を活かして、コングロマリットプレミアムを創る、と強調した。
・MKHCの定めるKAITEKI価値(企業価値)の判断基準は、サステナビリティ(環境・資源、S)、ヘルス(健康、H)、コンフォート(快適、C)に置く。この価値向上を目指す経営が、3軸のカイテキ経営である。
・MOE(エコノミックス)の軸では、利益と効率を追求し、時間軸は四半期をベースとする。MOT(テクノロジー)の軸では、イノベーションによって革新的な製品やサービスを創出する。時間軸は10年である。MOS(サステナビリティ)の軸では、環境や社会的課題の解決に貢献する持続性を追求し、時間軸は100年である。
・3軸の重みはMOE 80 %、MOT 10%、MOS 10%としている。これらをどのように測るか。これは今の経営陣の重要な経営判断である。但し、MOEが80%という点に関しては、議論があるかもしれない。
・MOSの遂行に当たっては、SDGs(国連の持続可能な開発目標17項目)をベースに、自社のマテリアリティ・マトリックス(22項目)を特定し、重要経営課題としてソリューションの提供に取り組む。
・サステナビリティの定量化に当たっては、①S指標(地球環境、資源エネルギー)、②H指標(疾病診療、予防、衛生)、③C指標(信頼、協奏、快適さ)を、それぞれ3ステージで評点し、総合点を算定する。実際、2010年に140点であったものが、2015年度には244点まで上昇している。
・MOTでは、R&D部門への丸投げをやめ、事業戦略、研究開発戦略、知的財産戦略を三位一体として実践する。①R&Dのステージアップ達成率(開発→上市)、②知的財産の海外出願率、③新商品化率などをそれぞれのKPIとして、イノベーション創出プロセスの定量化を図り、可視化している。
・MOEでは、ポートフォリオ・トランスフォーメーションに力を入れてきた。事業のライフステージを、①再構築事業、②基盤事業、③成長事業、④次世代事業の4展開モデルで管理し、ここから⑤撤退事業を見定め、さらに⑥飛躍(M&A)事業を加えていった。
・売上規模でみると、いくつもの事業を合わせて計6000億円から撤退しつつ、一方で1.45兆円のM&Aを実行し、既存及び新規事業の強化を図った。まさに選択と集中を徹底した。事業が赤字と分かっていても、縮小だけでは先が見えない。利益率を高めるに低収益事業をやめるという理屈だけでは、なかなか納得が得られない。
・こうした局面での決断には、3つのポイントがあったと小酒井CFOは強調する。1つは、経営判断の精度が問われた。その点では、コーポレートガバナンスが決定的に効いたという。将来性のない事業からの撤退に、社外取締役を含めた取締役会の議論が果たした役割は大きいといえる。
・2つ目は、出口と入口をセットにして事業展開を図ったことである。撤退だけでなく、M&Aによって新しい事業を取り入れていった。出入りを通して、企業としての新陳代謝を実行することができた。3つ目は、リストラには必ず痛みを伴う。それを克服するだけの財務体質が確保できていた。
・ポートフォリオの入れ替えに当たって、基盤事業、成長事業、次世代事業ごとのKPIは、それぞれに合ったものを設定した。もちろん、各事業のROICはみているが、基盤事業ではFCF(フリーキャッシュ・フロー)、成長事業ではコア営業利益、次世代事業では計画比を重視した。
・ビジネスモデル(BM)の変革にも取り組んだ。2000年代までのスマイルカーブ型(素材、製造、販売での付加価値配分)から、オープン・シェアード・ビジネス型(OSB:素材、プロセス、組立、サービスでの付加価値配分)へのシフトをめざした。
・社内でやること(クローズドのブラックスボックス化)と、社外と組むこと(オープンなアライアンス)のシーケンス(流れ)を戦略的に設計し、容易に真似のできないBMをスピーディに構築するように展開している。
・CG(コーポレートガバナンス)では、指名委員会等設置会社として、取締役13名中5名が社外である。さらに、社内取締役8名中、執行担当は5名で、3名は非執行である。小酒井CFOは、執行担当の取締役は必ず担当部門の利益代表になってしまうので、監督と執行を明確に分けることが、経営を研ぎ澄ますに当たって、あるべき姿であると強調した。
・小酒井CFOは、CFOの役割をリスクのコントロールだけでなく、リターンのコントロールにも直接関わっていくべきであると認識している。一方で、CEOとCFOは対等ではない。そこを踏まえつつ、リスクとリターンを的確にフォローしていくのがCFOの役割であると指摘した。
・MCHCのカイテキ経営は成果を上げている。決め手は、経営ビジョンの現場への浸透と、それを推進する3軸の定量評価にある。点数による評価を現場まで下ろしていったことが、価値向上に結びついている。MOS、MOT、MOEの重みが10:10:80という点については、会社サイドとさらに議論してみたいが、この3軸経営と定量化については大いに学ぶべき点があり、高く評価できよう。