企業価値評価におけるESGの重み~時間軸による変化
2016.08.17 (水) 4:09 PM
・美術品の価値をどう測るか。芸術的価値はお金では測れない。その通りである。お金で測るというのは、取引における値段をベースにするので、取引がなければ値段は分からない。価値の判断には、その質を評価するだけの力量が問われる。
・しかし、人それぞれの好みも入ってくるので客観的ではない。では、主観的な好みに何らかの普遍性を持たせることはできるだろうか。それを計量的に測ることは可能だろうか。
・ある有名な美術館に行った証券会社のトップが、案内してくれた館長に、最初の絵から最後の絵まで、もし売りに出したら価格はいくらかと問い続けた。館長は、想定される絵の値段を聞く人はいるが、全ての価格を聞いたのは彼だけであったと驚き、さすが証券会社のトップと呆れた。
・本人曰く、「自分に絵の価値は分からない。分からないものを知るには、専門家の意見を聞く方が早い。そういう価格かと思って絵を見ると、楽しむこともできる。」と言った。
・企業価値はどうか。普遍的な絶対的価値なのか、見る人によって変化する相対的な価値なのか。企業価値はお金で測れるか、測ることが難しいのか。この論点について考えてみよう。
・現状において、当然、企業価値はお金で測る。将来キャッシュ・フローの現在価値が企業の値段であり、それを企業の市場価格(取引価格)である株価と比較して、割高/割安を判断する。このフレームが今の常識である。現在価値に割り戻す時に割引率が用いられ、その割引率が資本コストと結びついている。
・ケインズは、株式投資は美人投票である、といった。ファンドマネージャーの中にも、他のファンドマネージャーはどうみているかを気にする人は多い。自分がいいと思っても、みんなが思わなければ、その価値は価格に反映されない、株式投資は、一人の思い込みではパフォーマンスを上げられない。本当だろうか。
・定性的な価値判断を定量的数値で表現するには、一定の公理に従った数量化モデルが必要である。人々がそのような行動をとるという検証も必要である。しかし、厳密さを追求すると、この立証が難しい。人は合理的であることを求めていても、実際に合理的であるかどうかは分からない。感情に左右されることも多い。
・企業価値の定性評価に当たって、4つの軸を使うと有効である、と筆者は主張しているが、その4つの軸は、1)本当に互いに独立した軸なのか、2)この4つ以外にもっと妥当な軸はないのか、3)1つの軸に沿って主観的に評点するという順序付けは有意であるのか、4)1つの軸の評点に当たって、軸の重みは同じでよいのか、という疑問がすぐに出てこよう。
・①マネジメント力、②イノベーション力、③ESGによるサステナビリティ、④パフォーマンスのリスクマネジメントの4つの軸の立て方について、異論がありえよう。また、これらの4つの軸が心理的、数学的に本当に独立しているかといえば、ある視点を強調したものなので、相互に連関していると考えるのは当然であろう。
・最も重要な点は、企業の発展段階と将来をみるタイムスパンによって、軸の重みが変わってくることにある。評価軸に関する重要性の重み付け(allocation of materiality)は、どのくらいの時価軸でみるかによって重み(ウエイト)が変わってくる可能性が高い。
・〈短期1年、中期2年、長期3年〉で企業をみるか、〈短期1年、中期3年、長期10年〉でみるか、あるいは〈短期3年、中期10年、長期30年〉でみるかによって、4つの評価軸の重みが変わり、各評価軸の構成要素も変化してこよう。
・長期が3年の会社評価では、ESGによるサステナビリティの軸の重みは、限りなく軽いかもしれない。一方、長期が30年という会社評価では、ESGのウエイトが他の3つの軸に比べて、圧倒的に重くなると想定される。
・日興リサーチセンター(社会システム研究所寺山恵副所長)の調査によると、日本におけるESG投資の規模は2015年9月現在46.0兆円である。データの基準が違うので正確には比較できないが、2014年の世界のESG投資(21.4兆ドル、2600兆円、うち欧州64%、米国31%)に比べると、日本は極めて小さい。
・ESG投資には、いくつかのアプローチがある。①特定の内容を基準に投資対象から外すネガティブスクリーン:日興リサーチセンターのまとめによると、世界のESG投資ではこれが最も多い。②伝統的な投資判断にESGに関するリスクと投資機会を体系的に組み入れるESGインテグレーション:これが2番目に多い。
・③ESGについて何らかのエンゲージメントを通じて、企業に働きかけるエンゲージメント。これが第3位である。④国連グローバルコンパクト10原則など国際的規範に違反した企業を除外する規範・倫理スクリーニング。これが第4位である。
・一方で、⑤環境などESGの特定のテーマを投資アイデアとするサステナビリティ・テーマ投資や、⑥特定の社会的課題の解決を目的としたインパクト・インベストメントは少ない。
・また、1)日本では議決権行使によるエンゲージメントがESG投資の84%(米国15%、欧州17%)と圧倒的であるのに対して、米国ではESGインテグレーション41%(欧州27%、日本9%)がトップで、欧州ではネガティブスクリーン35%(米国39%、日本7%)が一番である。
・欧州では国際規範スクリーニングが19%(米国0%、日本0%)と高く、制度や考え方の違いも出ている。日本は、ESGをベースとしたサステナビリティ投資にまだ馴染んでいないが、これから増えてくることは確実である。
・投資家による企業価値評価は、主観的であるといっても、そこに何らかの合理性や普遍性を求めたい。筆者が用いている定性評価を評点する4つの軸は、現在、その重みを等ウエイトとしている。
・ただし、ベンチャー型の小型企業については、ESGの軸をはずして、3つの軸で評価している。これはESGの軸の重みをゼロとおいていることになる。なぜなら、サステナビリティを問う前に、まずはイノベーションの連鎖で成長性を確保することが第一義的課題であると判断していることによる。
・会社の寿命30年ともいわれる。その限界説を突破して100年企業を目指すのであれば、マネジメントのサクセッション、イノベーションを生み出す組織能力の内在化などの項目が重要性をもってこよう。
・一般的な日本企業は中期3カ年計画、つまり中期を3カ年で見ているので、4つの評価軸の重み(ウエイト)は同等でよいと筆者は考える。しかし、中期を10年と想定する企業も出てこよう。
・企業経営の重心が長期に移動してくれば、企業価値評価の軸の重みも変化してくる。同時に、投資家が中長期志向を強めるほど、企業行動にも変化をもたらすことになる。暫くはESGインテグレーションの企業価値評価が意味を持ってくることになろう。